2006.11.14

紅葉2題

その1
日光の半月山から足尾へ下りました。
混雑を覚悟していたイロハ坂も平日の早い時間帯だったためスイスイ。(^_^)v
中禅寺湖第一駐車場から半月山へと登りました。
Nantaisan 半月山の展望台から男体山が丸見え。ただし少し雲が多かった。(-_-;)
テレビでは見頃といっていたのにイロハ坂の紅葉も中禅寺湖の紅葉もイマイチの感じ出した。
半月山から半月峠へ。峠から足尾へは長い下りです。
昔は足尾から中禅寺湖へのメインルートだったということですが、少々荒れ気味の路が延々と下っています。
特に危険と言うほどではありませんが足下に注意が必要です。
もう数年もすると廃道になる運命かもしれません。
途中、白骨化した鹿の骨や角を見かけました。
足尾銅山が盛んに掘られていたころは、この路も殷賑を極めていたようです。
古い石組みや茶屋跡が残っています。深沢の渓谷沿いですから広い景観は望めません。
Hukazwa しかし随所に見事な紅葉を見ることができました。
大きな堰堤を過ぎ、丸太を2本渡しただけの丸木橋をおっかなびっくりで渡ると砂利道になり足尾町南橋のバス停まですぐでした。

その2
馬老山に行きました。えっ、馬老山ってどこ?
栃木県北西部の栗山村にある標高1,337mの小さい山です。
川治温泉から県道23号を西へ進むと、何と「黒部ダム」があります。
聞いたような名前ですね。さらに上流へ行くと支流土呂部川の土呂部ダムに着きます。
Torobudamu ダムの手前に車数台の駐車可能な空き地がありました。
ここに車を置いて登ります。
登山口はありません。もちろん道標なぞありません。
適当なところから適当に取り付きます。(^o^)
ものすごく急な杉林の斜面を強引に高い方へとよじ登りました。
かすかな踏み跡らしいものを見つけ巻き気味に南へ行くとやっと尾根の上に取り付くことができました。
あとは尾根を外さないように慎重に高い方へと登ればいいわけです。
下りに迷いそうなので要所々々に目印の赤テープを付けて行きます。
Barouyama 標高1000mから1200m当りが紅葉真っ盛りでしたv(^_^)v

頂上は樹林帯で展望は良くないです。僅かに日光の女峰山小真名子山らしいのが落葉した梢を透して見えました。
下りは迷いやすいので目印の赤テープを回収しながら慎重に下りました。
時間があったので黒部ダムにほど近い栗山温泉四季の湯で一風呂浴びることに。
全山燃ゆる紅葉を眺めながら野天風呂でのんびりと手足を伸ばすという贅沢を味わいました。(*^_^*)
黒部ダムから下流の鬼怒川渓谷はV字渓谷というよりU字渓谷というほうが似つかわしい程の切り立った渓谷です。黄・橙・赤・紅と色とりどりの紅葉に松の緑を添えて、言いようのない美しさでした。筆舌に尽くしがたいとはこのような景観をいうんでしょうね。走っている車内から写真が撮れなかったことが残念でした。(×_×)
遊歩道や休憩所などを整備したらイロハ坂・中禅寺湖真っ青の紅葉狩りスポットになるのではないでしょうか。(^_^)

| | Comments (13) | TrackBack (0)

2006.11.01

秋山郷

長年の念願が叶って秋山郷に行ってきました。
もう20年以上も前になります。鳥甲山に登って秋山郷を訪れたのは、まだ梅雨が明けきらない時期でした。その時の緑の美しさに、秋はきっと素晴らしい紅葉が見られるものと再訪を思い続けていました。
江戸末期の文人、鈴木牧之の「秋山紀行」の書き出しに「年日頃の念晴さばと信越の境秋山遊歴に杖を曳かんと思い立ち侍りぬ。」とありますが、ケロケロもまさにその心境でした。ただ残念ながら今年の紅葉は進み方が遅く、地元の人の話ではあと一週間ぐらいあとが見頃とのことでした。
Mitamahudo まずは見玉不動尊に参詣しました。秋山紀行には「仁王門をくぐって石段を登ると、右に渓流が落ちていて、岩が無造作に積み重なっている。滝が白く砕け落ちている。古木が茂り陽の光をさえぎっている。」と書いてありますが、本当にその通りの情景です。
江戸時代と変わらない姿が見られるわけです。仁王様に白い紙屑がたくさん貼りついています。白い紙を渓流で濡らし仁王様に投げつけると命中した体の部分の病気が治るということです。でも痔の悪い人はちょっと無理ですね。仁王様に後ろ向きになってくれそうもないので。門前の店でメグスリノを買いました。日本固有の木で煎じて飲めばあらゆる眼病と肝臓に効くそうです。見玉不動尊は特に眼病に霊験あらたかだそうですからね。

Maekurahasi Nakatukawa 次は前倉橋です。新潟の橋50選に選ばれているそうです。岸壁と清流と赤い橋がまさに一幅の絵と言ってもいい景観ですね。この橋の上から見た中津川の紅葉も絶品と言えます。前倉橋からあまり遠くないところに蛇淵の滝があります。
Hebitaki 昔、熊打ちの名人が川にかかった丸木橋を渡って振り返ったところ、それは丸木橋ではなくて大蛇だったとか。ぞっとしますね。蛇淵の滝も紅葉の名所ですが、まだちょっと早かったようです。
次に立ち寄った栃の実館で名物の栃餅を食しました。そう言えば秋山郷には栃の木が多いですね。従って栃餅もあちこちで1個100円ぐらいでバラ売りしていました。小腹が空いたら、ちょっとつまむのに好適です。秋山郷は有数の豪雪地帯です。昨年の大雪の時、ここまで雪が積もりましたというポールが立っていました。積雪5mと言われてもすごいなあという程度の感覚ですが、実際に5mのポールを見ると絶句するほどのすごさです。
Mikurahasi 最後は見倉橋です。ドラマのロケが行われたという吊り橋です。ぐらぐら揺れる吊り橋の上から見る中津川の流れはエメラルドの水に赤、黄、緑の木々が映えて素晴らしいの一言でした。
秋山郷には悲しい歴史があります。江戸時代だけで享保17年(1732)、天明3年、(1783)6年(1786)、7年(1787)、天保4年(1833)と度重なる飢饉に見舞われ、餓死するもの数知れず、ついに全村死に絶えた集落もあったそうです。
秋山郷に行く前に、鈴木牧之の「北越雪譜」「秋山紀行」、辺見じゅんの「新・北越雪譜」などを読んで出かけると、旅の印象がいっそう深まること請け合いです。

| | Comments (0)

2006.10.03

テレビの言葉3

例によって揚げ足取りです。(^_^;)

その1 かなり旧聞に属しますが、夏の甲子園の大会で
スポーツリポーター氏 綺羅、星のごとく現れたS投手・・・
綺羅、星の如く美しい衣服(綺羅)を着た人が星のように輝いて見える。という意味ですから、S投手が輝いて見えると言うのであれば現れたという表現はどうですかね?

広辞苑
綺羅星:(もと「綺羅、星の如く」から)暗夜にきらきらと光る無数の星

とあります。S投手が無数に現れることもないでしょう。
星に例えたいなら彗星のごとく現れたという言い方があります。

広辞苑
彗星の如く:ある世界に有望な新人が突然はなやかに現れ出るさまのたとえ。

その2
自民党の総裁選挙は3氏の一騎打ちとなりました。

3人で一騎打ちってどうやるの? (?_?)
三つ巴の戦いとでも言えば良かったかも。

その3
やはり自民党の総裁選で 内紛を争うことになりそうです

内紛を争うって もっともこれに類する言い方はそれこそ星の数ほどありますね。被害を被る犯行を犯す等々。

その4
大相撲千秋楽の結びの一番。懸賞が51本居並びました
懸賞は土俵をぐるぐる回りますよね。でも居並んだら回れないのでは。(^O^)

広辞苑
居並ぶ:並んですわる。席を連ねてすわる。列座する。

おまけ

テレビの言葉ではないですが、某大新聞社発行の雑誌に韓流次代のイケメンスター早もの買い

早い者勝ちという言い方はありますが、早もの買いって聞いたことがない。(=_=)

広辞苑  早物:葬具   早物屋:葬具屋

あれっ。イケメンスターが葬具を買ったの?(*_*)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.09.09

大内宿 塔のへずり

バスツアーで会津の大内宿塔のへつりに行ってきました。(^_^)
江戸時代に会津若松(福島県)と今市(栃木県)を結ぶ下野街道の宿場町でした。
Ooutisyuku 茅葺きの家が30棟以上残っている集落です。
ほとんどの家が土地の産物や土産物を売ったり、名物の蕎麦を食べさせたりしていて集落全体がテーマパークみたいなところでした。

集落の最奥の子安観音の境内から見下ろす景観が一番気に入りました。

Jijibaba それと、ある店で見た爺婆の人形がすっかり気に入り買ってしまいました。(^_^;)

Tounoheturi 塔のへつりへつりはこの地方の方言だと言っていましたが、あちこちで聞く言葉ですから方言ではないのは?

広辞苑には 

へずる:(古くはヘツル)少し削ってへらす。削り取る。また、かすめ取る。
    上前をはねる。はつる。となっています。

つまり、川の流れが長年の間に削り取って出来た景観ということでしょう。

ここの土産物屋で生きたマムシを売っていました。どうやって持ち帰るのかなあ。(^-^)

| | Comments (0)

2006.09.04

櫛形山再訪

7月に続いて櫛形山を再訪しました。
期待通りの花・花・花に大満足でした。!(^^)!
櫛形山最高点は樹林の中で展望はありませんが落ち着いた雰囲気のところです。
Marubadakebuki 登り始めて先ずソバナマルバダケブキが現れ、その後も次々におよそ30種類の
花に会えました。

Kusigatahana1 Kusigatahana2 特にマルバダケブキの大群落には圧倒されました。(*^_^*)
カニコウモリコウモリソウサラシナショウマトモエシオガマなど応接のいとまがないくらいの賑やかさでした。
Kusigatahana3 一休みして裸山へ向かいました。
この間もハンゴンソウの大群落をはじめ、マツムシソウキオンタムラソウゴマナなど次々に目を楽しませてくれました。(^_^)v
Kusigatahana4 アヤメ平に下りました。ここもお花畑でした。
7月に登った北尾根を下りました。
レンゲショウマキバナアキギリフシグロセンノウカメバヒキオコシなどがありました。

Hangonsou 途中から平成峡遊歩道を下りました。
数本の滝があり変化に富んだ遊歩道でした。
あとはやまなみの湯で一浴、汗を流してさっぱりしました。

渋滞もなくスムースにかえることが出来ました。(^_^)/

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.08.29

蔵王の花 2

二日目は蔵王中央高原のトレッキングです。
ロープウェイ駅終点の鳥兜山からの展望を楽しんだあと、周遊コースを歩きました。
片貝沼までは樹林の中の涼しいところです。
花はほとんどありません。僅かにツクバネソウオオカニコウモリを見かけた程度です。

片貝沼・目玉沼・うつぼ沼と沼巡りです。
うつぼ沼周辺にウツボグサがたくさんありましたが、これが沼の名前の由来なのかどうかは分かりません。(^_-)
Zaouhana3 Zaouhana4 ソバナやエゾシオガマもありました。
ドッコ沼への途中、五郎岳三郎岳にチョイ登りしました。
五郎岳の登路にウメバチソウウツボグサがたくさんありました。
ドッコ沼に立ち寄り、ミヤマシシウド、ネジバナを見ながらスキーゲレンデを登りました。

鳥兜山頂駅に戻って約2時間のトレッキングコースの一周は終わりです。
山麓の蕎麦屋で昼食後、時間が余ったので鴫ガ谷地沼一週の散策コースを歩きました。
標高が低いのでツリフネソウキンミズヒキ程度しか見られませんでした。
シャワーで一汗流し、バスに乗って蔵王のお釜見物に行きました。
Okama 幸にも好天でお釜見物はバッチリでした。(^_^)/
多くの観光客にまじって刈田岳に登りました。
山の天気は変わりやすいと言いますが、このあと突然濃いガスが山を包みました。
ヘッドライトをつけても前がよく見えないくらいの濃霧でした。
この濃霧の襲来がもうちょっと早かったら、お釜が見られなかったでしょう。ラッキー!(^_^)v
でも、帰りの高速道路では途中で25キロの渋滞に巻き込まれました。アンラッキー!(>_<)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.08.27

蔵王の花 1

蔵王に行きました。すっかり観光地になってしまって、山登りとは言えませんが、一応、標高1800mの山です。(^_-)
目的はコマクサなどの花を見ること。
ところが、8月半ば過ぎでは花の季節は終わりに近く、少し期待はずれの感がありました。(-_-;)

第一日目は、熊野岳に登りました。山頂から北蔵王縦走路方面へ少し下った地点に、お目当てのコマクサがチョッピリ残っていました。ヨカッター(^_^)v

Zaouhana1 多かったのは、ミヤマアキノキリンソウ、ヤマハハコ、シロバナトウウチソウです。

そのほかネバリノギラン、エゾオヤマリンドウ、シラネニンジンもありました。

時間的に余裕がありすぎたので、下りついでにいろは沼・観松平を見物しました。
Zaouhana2 地蔵山熊野岳の鞍部からいろは沼までのコースにはヨツバヒヨドリ、エゾシオガマ、ノリウツギ、オニアザミ、イワアカバナがありました。

いろは沼の湿性植物を期待していましたが、こちらはすっかり終わって、僅かにイワショウブ、コバノギボウシが咲き残っている程度でした。(=_=) 

沼にはキンコウカの枯れた花穂がたくさんありました。最盛期には全面が真っ黄色に塗り尽くされていたことでしょう。

観松平は、もっともらしい名前が付けられた老松を見て歩く散策コースです。松より命名した人の発想・想像力に敬意を表しましょう。(^-^)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.08.24

小泉八雲の日本語

松江市の小泉八雲記念館に行きました。

ケロケロはこれまで、小泉八雲は日本語に熟達し、雨月物語などの日本古典文学を読みこなし研究した上で、「怪談」を著したものとばかり思っていました。

ところが記念館に展示してあった妻節子さんの手紙を見て、小泉八雲の日本語のレベルは、この程度だったのかと驚きました。(*_*)

節子さんは士族の出でしたから、当然それなりの読み書きの教養はあったはずです。

あの手紙は八雲の日本語のレベルに合わせて、敢えて幼稚な日本語にしたとしか思えませんでした。例えば

パパサマ、アナタ、シンセツ、ママニ、マイニチ、カワイノ、テガミ、ヤリマス、ナンボ、ヨロコブ、イフ、ムスカシイ、デス。

ケロケロが関わっている日本語の勉強グループで言えば、入門レベルかせいぜい初級1のレベルです。

節子さんは雨月物語などの古典を八雲が理解できるレベルの日本語で読み聞かせたのでしょう。

八雲は文学者の感性で妻の話を理解し、「怪談」などの作品に仕立て上げたのでしょう。

つまり八雲の作品は夫婦の共同作業の産物だったのではないでしょうか。

・・・・・・・・・パパノカオ、ト、カワイノ二人ノムスコ、シカシ、ユメ、マイバンミマスヨ。・・・ママ セツ カラ
ミナ人 ヨキコトバ イイマシタ パパサマハ カラダ ダイジスル、クダサレ

本当に心のこもった手紙ですね。

Siominawate 記念館の並びは塩見縄手という武家屋敷跡です。

散歩するのにいいところですが車の通行量が多いのが難点ですね。(^_-)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.08.13

テレビの言葉2

暑いですね~! こう暑いと外に出るのがおっくうになります。
ついついテレビを見る時間が長くなります。
気分的にも苛立つことが多くなるせいか、テレビの言葉遣いが気になります。
そこで、耳障りと感じた言葉遣いを列挙してみました。(^_^)

1.(年金生活者が実質的に増税になって)貯金を切り崩す人が・・・・。
  貯金は取り崩すことはあっても切り崩すことはないと思いますがねぇ。

2.(事件の容疑者について)事件を起こすようなには見えませんでした・・・・。
  容疑者にという敬語を使う必要があるんですかねぇ。(>_<)
  何でも丁寧語を使えばいいってもんじゃないでしょうに。

3.警察の捜査に不信感を培っています
  培うは広辞苑によると「能力や性質を養い育てる。」となっています。
  不信感って培うに値するものなんですか?  
  「不信の念を抱く」「不信の念を募らせる」などが宜しいのでは。

4.(豪雨災害の際に)自然の猛威を目撃した張本人のAさんは・・・。
  いくら何でも張本人はないでしょう。当事者とかご本人とか別の言い方があるのに。

5.(駅弁を紹介したレポーターが)高くて美味しい弁当がよく売れるそうです。
  これは高くてもを言い落としたも抜け表現?

6.我々のカメラが初めて潜入を試みました。
  白昼堂々と車で乗りつけて潜入はないでしょう。もっとも、暗闇にまぎれて忍び込んだのではテレビカメラでの撮影は無理かも知れませんが。

7.A選手は空前絶後の大記録を達成しました。
 空前はともかく、絶後はいかがなものかと思いますね。A選手にはこれからも記録更新のチャンスがあるわけですから。

8.雲が多く気温は控えめになりました。
 気温って控えることが出来るんですかね~? 気温は低めとなりましたと言いたかったんでしょうか。

9.柵はあらかじめ外れていました。
 柵が意志を持って自分から外れていたとでも言うんでしょうか。
「柵はあらかじめ外されていました。」であれば誰かが(何らかの意志を持って)柵を外していたことになります。しかし、これですと事故が起きることを見越しての行動になります。「柵は(かなり前から)外れていました。」でいいのでは。

10.(某地方局の地元紹介番組)海岸にたたずむ記念碑
 記念碑って、たたずむものですかねえ。

広辞苑によれば
たたずむ:(1)しばらくその場に立っている。立ちどまる。
      (2)さまよう。ぶらつく。徘徊する。
とあります。記念碑が徘徊しちゃ困ります。

以上、テレビ言葉への八つ当たり10連発でした。(^^;)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.07.26

裸山のアヤメ

梅雨の晴れ間をねらって櫛形山塊(裸山、アヤメ平)のアヤメを見に行きました。
Ayame6 大いに期待していたんですが、今年はアヤメの外れ年らしく、大いに期待はずれでした。(;_;)
その代わり期待しなかったクサタチバナに出会えました。

Hanabana2 特にアヤメ平から北尾根の下りには群生していました。

その他、グンナイフウロ、センジュガンピ、テガタチドリなどたくさんの々に出会えました。(^_^)v
イチヤクソウレンゲショウマはまだつぼみが固くもう少し後になるでしょう。Hanabana7
雨にも降られず南アルプス市やまなみの湯で一汗流して帰りました。
8月末に再訪してレンゲショウマに会うつもりです。(^_^)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.06.21

日光・高山とクリンソウ

梅雨の晴れ間に日光の高山に行きました。(^_^)/
竜頭の滝の上の駐車場に車を停めて国道の橋を渡った登山口から登りました。
登山路は新緑が美しく快適でした。
ダケカンバの大木が見事でした。
下山路はかなりの急勾配ですが、路が良く整備されていて危険はありません。
Hanabana 途中、クワガタソウがたくさん咲いていました。(^_^)
熊窪中禅寺湖畔に降り立ち千手が浜クリンソウを見に行きました。
ちょうど見頃でした。

Kurin 赤だけでなく白やピンクや色混じりの花が咲き誇っていて大満足でした。v(^_^)v

Kurinsou 昼食後、歩き足りないというので、西の湖まで散歩しました。
ミズナラハルニレの樹林帯につけられた遊歩道を歩いていると数頭の鹿を見かけました。

そう言えば日光では鹿による食害が問題になっています。
やはりニホンオオカミを絶滅させた付けが回ってきたのでしょうかね。(-_-;)

ところで「西の湖」はニシノウミと読むとばかり思っていたら、道標にはサイノコとローマ字で書いてありました。
サイコまたはサイノコは富士五湖じゃなかったのかなあ(?_?)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.06.17

ナスカ展

国立科学博物館に世界遺産ナスカ展を見に行きました。

ナスカと言えばもちろん謎の地上絵ですよね。
しかしナスカは地上絵ばかりではないと言うことがよく分かりました。
地上絵と同じハチドリコンドルを描いた土器、ビーズのネックレス、神々や人々をかたどったと思われる土偶なとの出土品、手のこんだ刺繍の施してあるマントなどが展示されていました。

中でも強いショックを受けたのは保存状態の良いミイラです。(@_@)
そしてDNAその他の科学的鑑定の結果、ナスカ人縄文人と共通点の多い人種だと言うことが分かったそうです。

ずっと以前に何かの本で南米から縄文土器とそっくりの土器が複数出土したという話を読んだことがあります。
我々日本人とナスカ人は御先祖様が一緒なのでしょうか。

圧巻はセスナ機に乗って空からの地上絵遊覧です。
と言ってもバーチャルリアリティの大画面シアターです。
とてもCGとは思えない精細な画面に大満足でした。(^_^)/

ついでに一般の常設展示も見ました。こちらもスゴーイ・ナンダコレ・オモシローイの連発で時の経つのを忘れる思いでした。(^O^)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.06.13

那須・鬼ヶ面山

那須の鬼ヶ面山オニガツラヤマ)に行きました。
深山湖沼ツ原調整池の間にある低山(標高1262m)です。
前回は雨と藪のため途中で断念して引き返した山です。
今回は好天に恵まれ、藪も刈り払いされていて歩き易く楽なハイキングでした。(^_^)v
深山湖畔にある沼原発電所の展示館から登ります。
深山湖は沼原発電所の貯水池です。
沼原発電所は1973年に運転を開始した揚水式発電所です。
揚水発電所については展示館に詳しい説明があります。
余剰電力で深山湖の水を沼ツ原調整池に汲み上げ、電力需要が多い時間帯にこの水を深山湖に落して発電する仕組みになっています。
Shinryoku 花は少なく期待はずれに終わりましたが、新緑萌え立つ縦走路に
目も心も洗われる思いでした。
沼ツ原湿原は尾瀬をうんと小さくしたような湿原です。
ちょうどザゼンソウの季節でしたが、増水のため折角のザゼンソウも水没していて写真に撮れませんでした。残念!(;_;)
Kimenhana 時間が余ったので那須高原のヤマツツジの群落を見物に行きました。(^o^)
Tutuji こちらはちょうど見頃でしたが、観光客が大勢で駐車場探しが大変でした。(>_<)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.05.30

数独

最近はやりのパズル「数独」にはまっている人が多いとか。
電車の中で鉛筆片手に考え込んでいる人をよく見かけます。
乗り過ごさないのかなあと余計な心配もします(^O^)

ご多分に漏れず、かく言うケロケロも例外ではありません。(^_^;)
しかも夫婦で熱中しています。(^^;;
テレビを消し、電灯も1か所だけにして、黙々と数字と睨めっこしています。
これって究極の省エネになるんじゃないかと・・・・・。(^-^)
しかし、いい面ばかりじゃないことは百も承知の介三郎。
第一、運動不足になるし、煎餅などバリバリやりながらじゃ肥満になりかねない。(-_-;)
他のことが手に着かないことおびただしい。
何事もほどほどが宜しいようで・・・・・。(^o^)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.05.26

歌舞伎を見に行きました

国立劇場に前進座創立75年記念公演を見に行きました。(^_^)
出し物は「謎帯一寸徳兵衛(なぞのおびちょっととくべゑ)」と「魚屋宗五郎(さかなやそうごろう)」でした。
謎帯一寸徳兵衛は出だしの人物関係がちょっと分かり難かった。
でも根っからの悪党、大島団七嵐圭史)が前半の主役であることが分かったら、ぐいぐい舞台に引き込まれてしまいました。
特に団七が女房のお梶河原崎国太郎)を殺す場面の迫真の演技は圧巻でした。
切られたお梶がのけぞった姿がなんとイナバウアー(^O^)
客席から笑いが起こりました。
あまりの無惨さにカワイソーという声も。(;_;)
後半から善玉の徳兵衛中村梅雀)の登場です。
女房お辰お梶の妹、河原崎国太郎二役)と徳兵衛が仇討ちに立ち上がります。
結びの大立ち回りもすばらしかった。

魚屋宗五郎は酒乱のため金比羅様に酒断ちを誓っていた宗五郎中村梅之助)が主役です。妹が密通不義の濡れ衣を着せられてお手討ちになった。
悲嘆にくれる父親太兵衛山崎竜之介)、宗五郎と女房おはま瀬川菊之丞)。
気晴らしにと湯飲み一杯のつもりで禁を破って飲んだ酒でしたが・・・・。
一杯が二杯、二杯が三杯、そしてどんぶりでがぶ飲みです。(*_*)
それでも止まらず、ついには角樽を逆さにして喉に注ぎ込みます。
挙げ句の果てに畳にこぼれた酒を四つん這いになって舐める始末です。
素面では律儀な宗五郎が酒乱にいたる演技が見物の一幕ものでした。
客席から笑いが絶えず、まさに生世話の醍醐味でした。
歌舞伎ってほんとうにおもしろいですね。(*^_^*)
若い人にもっと見て貰いたいです。(^o^)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.05.21

出石

丹後の小京都と言われる出石に行って来ました。
小京都と言うより豆京都とでも言った方がぴったりするかも知れない小さな町でした。(^_-)
でも小さいからと侮る事なかれです。
Meisyo1 出石城出石神社出石明治館家老屋敷など見所いっぱい、1泊してゆっくり見物したいところです。

Izusijou

Sinkorou

観光客が最初に訪れるところは辰鼓楼でしょう。
明治4年に建てられたそうです。
辰の刻に太鼓を打って時間を知らせていましたが、明治14年に大時計が設置されて現在の姿になったそうです。

何しろ神社仏閣が多いところです。
中でも宗鏡寺沢庵和尚ゆかりの寺として有名です。
大きくはありませんが、しっとりと落ち着いた雰囲気が好もしいお寺でした。
お隣の願成寺の門前の木像のユーモラスな姿にはついカメラを向けたくなります。(^_^)
信州上田から移封された藩主仙石氏が国替えのとき信州そばの職人も同行し、その技法を伝えました。
これが出石皿そばの始まりだそうです。
早速、試食してみました。5枚の小皿に盛り分けたそばを薬味、ねぎ、わさび、卵、山芋などで味あう独特の食べ方をするのが通だそうです。
けっこう美味しかった。(*^_^*)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.05.19

城峰山

埼玉県農林振興センターというお役所?主催の城峰山ハイキングに参加しました。

城峰山は過去3回登っています。今回は一等三角点の展望を期待して4度目の山行きです。

といっても、バスで石間峠まで行ってしまうので歩くのは僅か20分程度、とてもハイキングと言えるような代物ではありません。(^_^;)

頂上に着いて驚きました。立派な展望塔が立っていました。

それに一等三角点の標石も新しくきれいになっているように見えました。

快晴の展望塔上から文字通り360度の大展望が満喫できました。(^_^)/
Yatugatake 日光連山は少し雲がかかっていましたが、赤城山・上州武尊山・越後中ノ岳、谷川連峰の朝日岳・谷川岳・万太郎山・仙ノ倉山・平標山など、榛名山・苗場山・白砂山・本白根山・浅間山と続き、更に西には真っ白な八ヶ岳と特異な山容の両神山十文字峠から雲取山までの奥秩父連山が余すところなく姿を見せていました。v(^_^)v

この日はちょうど城峰山の山開きでした。山頂直下の神社に下ると昼食場所がしつらえてあって、三角おにぎり3個と山菜の弁当、豚汁、おまけに神社からの差し入れとかで清酒1本と至れり尽くせりのもてなしに大満足。

お神楽もあってお祭り気分に溢れてまことにケッコウでしたが時々花火がドカーンと打上げられるのには閉口しました。(x_x)

Jominehana ヤマザクラやミツバツツジも咲いていましたが、ケロケロはどうしても足下の小さな花に目が行ってしまうのでした。(^^;)

次に訪れたのはイチゴ狩りです。

真っ赤に熟れたイチゴを思う存分食べて、古代米の餅つきまで体験できました。

道の駅「龍勢会館」ではキュウリ・シイタケ・漬け物」のお土産をいただきました。

最後に立ち寄った金尾のツツジ山ヤマツツジが満開でした。

これで4000円、足が出ないのかなあ(?_?)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

同窓会

5月13日にケロケロは同窓会に出席しました。

同窓15名中7名しか出席出来ませんでした。
年齢からいって健康上の問題を抱えている方が多いのでやむを得ないことかも知れません。何しろ全員古稀を過ぎていますからね~。(^_^;)

場所は厚生年金休暇センターウェルサンピア沼津」でした。
特別会計など話題になりがちな施設ですが、土曜日のせいか宿泊客は多かったですね。これなら赤字にはなりませんね。(^O^)

設備も立派でしたし、食事もなかなかの内容でした。(^_^)v

残念なことにあいにくの雨で、富士山や愛鷹山、伊豆の山々は見えませんでした。(;_;)

話題は専ら健康のこと、やっぱり年ですね~。

酒量もすっかりガタ落ちで、宴会も早々に切り上げて盛り上がりはイマイチでした。(^_-)

来年は果たして何人ぐらいが参加できるのか心配です。

ケロケロも健康に気をつけて来年も必ず参加するつもりですがどうなりますかね。(-_-;)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.04.30

花の高尾山

4月18日(火)高尾山に行きました。

健康ハイキングのつもりだったのであまり期待していなかったのですが、思いがけず多くの花々に出会って大満足でした。(^_^)v
平日というのに高尾山口には大勢のハイカーが詰めかけていて、特に小学生の遠足があるらしく数百名が集合していました。
一足お先にと沢沿いの6号路を登りました。沢から離れるところでヤマルリソウの群落を見つけました。これは儲けものと早速パチリ。

Hana1
あとはタチツボスミレとミヤマシキミを見かけた程度でした。!(^^)!
頂上もかなりの人出だったので早々と奥高尾縦走路へ。
このあと全く予期していなかった花、花、花のオンパレードに夢中になって写真を撮りまくりました。

Tutujisakura
ミツバツツジヤマザクラの競演、多種多様な山野草。ついつい時間が経つのを忘れてしまいました。(*^_^*)
高尾山はスミレの種類が多いことで知られています。

Sumire
でもスミレはなかなか見分けるのが難しいですね。
数年前、東京都高尾自然科学博物館でもらった、「自然観察シリーズ1スミレの観察」を参考にしましたが自信はありません。
城山を過ぎ、小仏峠から景信山へ向かうと花が少なくなります。
景信山を超え明王峠で一休み。ここはヤマサクラが満開でした。

Hana2
陣場山から一の尾根を下りました。ヒトリシズカチゴユリがたくさんありました。

Hana3
落合の集落近くではフデリンドウムラサキケマン、キランソウ、ムラサキサギゴケなどの里の花が咲き乱れていました。
落合のバス停まで来たところでちょうどバスが来ました。
これで藤野駅までのだらだら登りの30分を歩かずにすみました。(^O^)
正味歩程:5時間45分でした。
写真を撮ったため、いつもより少々余分に時間がかかりました。(^_^;)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.04.23

鳥取砂丘と足立美術館

鳥取砂丘に行きました。
天気が良く風も弱かったので、ゆっくり見物することが出来ました。(^_^)/
でも鳥取砂丘って、ちょっと広い砂浜なんですね。

Sakyuu
砂の色が茶色っぽいのは、鉄分を含んでいるからでしょうか。
ヤマタノオロチ、アメノムラクモノツルギ、タマハガネ、タタラ製鉄、出雲の阿国
砂鉄からの連想で歴史に思いを馳せるには観光客が多すぎました。
でもケロケロも観光客だったんだ。(^_^;)

Adati1
今回の旅の最大のお目当ては足立美術館でした。
そして期待以上の素晴らしさに感激しました。!(^^)!
借景の山が広大な庭園と渾然一体に溶け込んで、全く違和感がありませんでした。

Adati2
展示品も横山大観をはじめ一級品の日本画ばかりで時間の経つのを忘れるほどでした。
季節に併せて展示品の模様替えが行われるということでした。
四季折々訪れたいところですね。(^_^)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.04.20

天橋立

新大阪からバスで宮津へ向かう舞鶴若狭道の途中で篠突く豪雨となり、どうなることかと心配しましたが、宮津に着いたら晴れ間が見えました。(^_^)v
日頃の行いが大事ですね。(^_-)
丹後国一宮・籠(この)神社は元伊勢神社と言われ伊勢神宮の元宮とか。格式の高い神社なんですねえ。
宮司家に伝わる「海部氏系図」は日本で一番古い系図で国宝に指定されているそうです。

Komainu 社前の狛犬も重文指定の立派なものです。
天正年中、天橋立の松林に出現し、元伊勢(籠神社)詣りの参拝者や通行人を驚かしたので、たまたまこれを聞いた岩見重太郎が、刀で斬りつけたところ石の狛犬の前足が切れて出現が止んだということです。(^O^)

Matanozoki
ケーブルカーで傘松公園まで登り有名な「天橋立股のぞき」を体験しました。この股のぞきを最初にやった人は何と絶世の美女小野小町とか。本当かなあ?(?_?)
でも小野小町のあられもない姿なんぞ想像したくもありませんねえ。幻滅!(^_^;)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.04.10

志木のサクラ3題

埼玉県志木市に宝幢寺というお寺があります。正式には地王山地蔵院寶幢寺といいます。
一説に創建は建武元年(1334)ということですから、歴史のあるお寺といえます。Sidare2

Sidare1
ここのシダレザクラがなかなか見事で、毎年訪れています。
今年は3月26日(シダレザクラ)と4月6日(ベニシダレザクラ)に行きました。
ちょうど満開でした。夜はライトアップされるそうです。

Yanasedote
ソメイヨシノだったら柳瀬川の土手がお奨めです。
志木大橋から高橋までの柳瀬川右岸の土手(約2Km)に130本ほどのソメイヨシノが植えられていて市民の格好のお花見スポットとなっています。
今年は4月2日が満開でした。

Hatazakura_1
もう一つ志木の桜を語るとき長勝院旗桜を挙げないわけにはいかないでしょう。
推定樹齢四百年以上の老木です。
一重咲きの花の雄しべの一部が花弁状に変形した旗弁(というもの)を生ずるヤマザクラの一種です。
4月6日には5分咲きでした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.03.29

長瀞散歩

宝登山の続きです。下山したが、家に帰るには早すぎます。(^^;)
そこで、先ずは長瀞山不動寺へ。
Hudouji

このお寺は正月7日に七草がゆを振舞う寺としてテレビでたびたび紹介されます。
秋には長瀞七草寺のうち、ナデシコの寺として多くの観光客が訪れるところです。
ところが春には枝垂れ梅の名所でもあったんですね。知らなかった。(^o^)
シダレウメといってもたくさんの品種があるんですね。
まだちょっと早すぎましたが、全部が咲きそろったら見事かも知れません。

次は国指定重要文化財でもある旧新井家住宅の見学です。

Araike
長瀞町郷土資料館の敷地内に保存されています。
特徴は屋根が瓦葺きでなく、栗板葺きで風に飛ばされないように漬物石ぐらいの石で押さえてあることです。(@_@)
瓦は高価で一般人では使えなかったのでしょうか。でも新井家は江戸時代に名主を務めた旧家だったそうです。この地方では名主でも貧しかったのでしょうかねぇ(?_?)

資料館は民具のコーナー、遺跡出土品のコーナー、機織りのコーナーに分かれています。
民具のコーナーにはケロケロが子供時代に目にした懐かしい民具が幾つも展示してありました。
日本も6~70年前までは、まだ貧しかったんだなぁと感慨を新たにしました。(=_=)

次に訪れたのは上長瀞の自然史博物館です。
入り口で入場料100円を出したところ、受付の女性に「おいくつですか。」と尋ねられました。

「七十○歳です。」と答えたところ、「65歳以上は無料です。」

せっかく出した100円玉の行き場がなくなってしまった。(-_-;)
仕方ないので「緑のトラスト」の募金箱に入れました。(^_^;)

何と言っても見ものは地学展示室でしょう。
約3億年まえの地層、2億5千万年まえの海のようす、秩父で採取された様々な鉱石見本など興味のある人にとっては見逃せないものばかりでしょう。
あいにくケロケロは地学には暗いんです。(>_<)
でもすばらしい展示であることは良く分かりました。
鉱石がこんなに美しいものだったとは・・・・。(*^_^*)

巨大ザメのカルカロドン-メガロドン、恐竜のような奇獣パレオパラドキシア(ほ乳類)、アケボノゾウなどの復元標本も一見の価値ありと思いました。

Iwadatami ちょっぴり勉強した気分になって、次は長瀞岩畳です。
河原沿いの遊歩道を歩くと、そこかしこにユキヤナギの白い花が咲いていました。

午後も遅い時間帯でしたから観光客の姿も少なくなってきました。
気温も下がってきました。もう、そろそろ家路についてもいい頃だと、長瀞駅に向かいました。(^_^)/

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.03.27

宝登山の梅

春本番、ケロケロも冬眠から醒めて、そろそろ足慣らしの季節になりました。(^o^)
1月5日以来の山歩きですから3か月の空白を考えて軽目のハイキングに出かけました。

行き先はロウバイで有名な秩父の宝登山です。
でも、長瀞駅からではちょっと物足りないので、一つ手前の野上駅から長瀞アルプスという縦走コースを歩くことにしました。
長瀞アルプスといっても、そんな御大層なコースではありません。(^^;)

野上駅から600mぐらい北の万福寺というお寺の前を通り、沢沿いの道を少し登ると尾根上に出ます。あとは南の宝登山へ向かってのんびり歩くだけです。

カタクリニリンソウアズマイチゲなどの山野草を期待していましたが、まだちょっと早過ぎたようでした。(/_;)

途中、氷池への分岐があります。氷池は天然氷の切り出しが冬の秩父の風物詩としてテレビなどで紹介されます。
下り10分登り15分で往復できますが、この時期は干上がったコンクリートの浅いプールがあるだけです。

野上峠小鳥峠と歩き、車道に出て、宝登山の裏登山口に着きました。
ここから標高差200mの丸太の階段を登ります。
このコースの一番の難所?です。(^_-)
一休みし、水分を補給し、キャラメルを2つ口に入れゆっくり登りました。
23分かかって頂上に着きました。(^_^)v

inu
頂上に宝登山神社の奥宮があります。
ここの狛犬は獅子形ではなく山犬形です。
精悍な風貌をしていてケロケロのお気に入りなのです。

baien

ume
ロウバイは盛りを過ぎていましたが、紅梅白梅は見頃でした。

hana フクジュソウも残っていました。あとはキジムシロぐらいですかね。
花木のほうはダンコウバイマンサクミツマタがありました。
展望は春霞にかすんでいました。

甲武信岳・雁坂嶺はぼんやりと、両神山武甲山もすっきりしませんでした。(>_<)
時間が早いので、長瀞の岩畳でも見物しようと山頂を辞しました。(^^)/~~~

| | Comments (1) | TrackBack (0)

2006.03.24

お彼岸の越生

彼岸の中日、越生へ行きました。何しにって?もちろん墓参です。
越生は知る人ぞ知る梅の里です。
例年ですと一月末にはちらほら咲き始め、彼岸には盛りが過ぎているんですが、今年は寒さで開花が遅れ彼岸にちょうど満開でした。(^o^)
墓参を終えると例によって花を見ながらの町中ウォーキングです。
先ず墓園入り口に植えられたサンシュユです。
ogosehana

冬には赤い実をつけていた枝に黄色い花が満開でした。
もちろん町中至る所に植えられたウメも満開です。
足下には早春の野の花の三役、オオイヌノフグリ・ホトケノザ・ヒメオドリコソウが咲きこぼれたいます。
シロバナカントウタンポポもありました。(^_^)
厚生年金休暇センターで軽く昼食をと思ったら、出てきたカツカレーが超大盛りで全部食べるのはたいへんでした。
何しろ戦中戦後の食糧難時代を経験したケロケロは食べ残しに罪悪感を持つんです。
やっとの思いで全部を胃袋に納めました。フーッ。(^_^;)
観光梅園は観光客であふれかえっていたので敬遠し、駅まで腹ごなしがてらに歩きました。
途中、キブシ、ミツマタ、ユキヤナギ、コヒガンザクラ、レンギョウなどなどの花盛り。
そして何とカタクリが咲いていました。(^_^)v
車が頻繁に通る道路脇の急斜面に、野生のカタクリがぽつぽつと咲いていたのです。
何年も歩いているコースですが、カタクリを見つけたのは初めてのことでした。
やはり自分の足でテクテク歩くといろんな発見があるんですね。(*^_^*)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.03.18

いってらっしゃい

日本語ブームとかで、ひと頃テレビの日本語クイズ番組が花盛りでしたが、どれも似たり寄ったりで変わり映えがしないなあと思っていました。(^^)

中には正解とされた解答に納得できないものもありましたねえ。(-_-)

例えば、ドラマ仕立ての問題で、ある奥さんが家の前の道路の掃き掃除をしているところに近所の男性が通りかかります。
当然、挨拶を交わすわけですが、その奥さんは別れ際に「行ってらっしゃい。」と言いました。

ところが夕方、奥さんが自宅にいるところに、朝の男性が「ただいま。」と言って入ってきたのです。

つまり、朝、奥さんが「行ってらっしゃい。」と言ったのは間違いだったと言うのです。

行ってらっしゃい。」は「行ってまたここへ帰ってこい。」という意味だから同居している家族にしか使えないという解説でした。

でも、これって変ですよね。(?_?)
じゃあ、あのとき奥さんは何と言えば良かったのかという説明はありませんでした。
そこで、何と言ったらいいかケロケロが考えました。
1.さようなら
2.行きなさい
3.ご無事で
4.何も言わずお辞儀する
どれも変ですよね。

日本語の会話では「うち」と「そと」を重視します。
例えば、「うちの会社」「よその会社」、「うちの課」「○○課」といったように使い分けます。

くだんの奥さんが通りかかった同じ町内の男性をに「また同じ町内(うち)に帰っていらっしゃい。」という意味で「いってらっしゃい。」と挨拶してもおかしくないと思うんですよ。

集団登校している小学生に「いってらっしゃい。」って声をかけることは少しも不自然じゃないですよね。('_')

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.03.05

再び宮古島

フェリーで再び宮古島に戻りました。

choucho先ずはみやこパラダイスで昼食をとり、蝶々園薬草ハーブ園を見物しました。

蝶々園はオオゴマダラなどが乱舞する花園です。

薬草ハーブ園も沖縄ならではの珍しい植物がたくさん栽培されているんですが、名前を覚えきれませんでした。(^_^;)

hennasaki 次は島の東南端に突き出た東平安名崎(ひがしへんなざき)です。

荒々しい岩場に打ち寄せる波はやはり沖縄色でした。

灯台に登り地球が丸く見えるという展望を楽しみ、草花の写真を撮りながら散策しました。

最後の目的地は池間島です。

途中、雪塩製塩所に立ち寄りました。世界一ミネラル分の多い塩というギネスブックのお墨付きだそうです。

その訳は、海水の採取方法にあるそうです。

海の中にパイプを敷設するのではなく、工場の敷地をボーリングして地下から海水を採取しているそうです。

なるほど多孔質の珊瑚礁石灰岩の中を浸透する間にカルシウムやマグネシウムを溶かし込んでくるんですね。納得です。

池間島は宮古島の北端から池間大橋で渡ります。

やはり橋の両側に透明なエメラルドグリーンの海が広がっていました。

宮古島をバスでぐるぐる回っていると、たびたびサトウキビを満載したダンプに出会います。

島の主要産業はサトウキビ栽培だそうです。
サトウキビ1トンが約2万円、標準的作付け面積10アール当りの収穫量は7トンだそうです。

すると年収140万円。経費を差し引くと100万円そこそこですね。
生活できるのか心配になりました。

のんびり暮らせていいなあというのは旅行者の考えで、現実は厳しいのではないでしょうか。(-_-)
そんなことを考えながら空港に向かいました。

三日間の慌ただしい旅でしたが、寒さ知らずの楽しい旅でした。

花もいろいろ見ましたが、名前を全部覚えきれなかったのが残念です。(/_;)

hana3  hana2

hana1

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.02.26

宮古・伊良部・下地島

宮古島では、ドイツ村のホテルに泊まりました。
宮古島になぜドイツ村かって? それは文末をどうぞ。
翌朝は先ず来間島へ。島と言っても1995年に完成した全長1690mの来間大橋でわたることが出来る小さな島です。橋の下にはエメラルドグリーンの透明な海が広がっています。kurumaoohasi(*^_^*)
小高い竜宮城展望台から対岸の宮古島の真っ白なビーチが一望できます。

次に平良港からフェリーで伊良部島に渡りました。
渡り鳥サシバが羽を休める島としても知られています。

サシバをかたどった大きな展望台があります。
フナウサギバナタ(伊良部の方言で船を見送る岬)と言うそうです。
続いて下地島へ渡ります。と言ってもこの二つの島の間は僅か10数メートルの海峡です。
小さな川を渡るのと同じ感じです。

kuukou下地島には3000メートルの滑走路の空港があります。しかし旅客を扱う空港ではなく、パイロットの訓練場だそうです。何だかもったいないような気がしました。(^O^)
海上に長く延びた誘導路にジャンボが何回も接近して着陸の練習をしていました。

biiti周りの海はそれこそ溜息が出るぐらいの透明で美しい海でした。沖縄の海の美しさを見た、かの岡本太郎氏は「(ひょうげんする)絵の具がない」と嘆かれたそうです。さもありなんとの思いましたね。

tooriike下地島には通り池という奇勝もあります。(^_^)

鍾乳洞の天井が陥没してできた池で神秘的な深い藍色の水をたたえていました。

伊良部島下地島は出来れば一泊して自転車ででもゆっくり楽しみたいところでした。
次回の楽しみにとっておくか。(^_-)

ドイツ村
doitumura 1873(明治6)年、上野村宮国沖でドイツ商船ロベルトソン号が航行中、台風のため座礁、難破しました。当時の村民は荒波の中、危険を顧みず救助に当り乗組員を全員救出しました。
この「博愛美談」に感激した当時のドイツ皇帝ウィルヘルム一は1876(明治9)年に軍艦を派遣、現在の平良市の港近くに「博愛記念碑」を建立させたということです。
2000年にはドイツのシュレーダー首相も訪れたそうです。
ドイツ村は、この歴史的事実を後世に伝え、尚かつ村興しも兼ねてつくられたドイツの街並みをイメージしたテーマパークです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.02.16

八重山諸島2

次の日は、船で西表島に渡りました。

海は荒れ気味でしたが1時間半ぐらいで西表島の大原港に着きました。

バスに乗って仲間川の遊覧船乗り場へ僅か10分足らず。
遊覧船に乗り換えると、なんと船長さんはバスの運転手さん?(?_?)

両岸にマングローブの密林が続く仲間川を約1時間のクルーズです。mangurob
ところでマングローブって特定の木の名前じゃないって知ってました?

  マングローブという名前やマングローブ科という樹木があるのではなく、熱帯や亜熱帯の河口などに生えている植物を総称してマングローブと言うんだそうです。
  日本では、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギダマシ、ヒルギモドキ、マヤプシキ、サキシマスオウノキ、ニッパヤシなどがマングローブの仲間だそうです。

suounoki

河口から約30分のところに樹齢400年とも言われているサキシマスオウノキがありました。なかなか立派でしょう。(^o^)

河口に戻り、バスで由布島へ向かいました。
島に渡るには水牛車に乗ります。たくさんの水牛が黙々と働いていましたが、中には動くのがやっという感じの水牛もいて可哀想でした。

suigyuu ここは島全体が植物園です。熱帯、亜熱帯の花々が咲いていましたが、何という花か分からないものも多く、植物図鑑を持ってくれば良かったとちょっぴり残念でした。(-_-)

再び大原港から船に乗り、竹富島へ向かいました。
竹富島で水牛車でぐるりと一週のんびり観光です。

台風を防ぐ石垣に囲まれた、赤瓦の低い家々のたたずまいは、これこそ沖縄の原風景といえるのではないでしょうか。

taketomi 石垣に咲き乱れる花の鮮やかさ。

対照的に住む人がいなくなって石垣だけが残っている草ぼうぼうの空き地。考えさせられる風景でもあります。(=_=)

船で20分足らずの石垣島に戻りました。

まだ時間があるので唐人墓を見学。
悲惨な歴史の一幕があったことを初めて知りました。

唐人墓については末尾に書いておきました。興味があったら読んでください。それにしても沖縄の人々は心優しいんですね。(*^_^*)tojinnhaka

空港へ向かう途中、バンナ森林公園の展望台に立ち寄りました。

あいにくの曇り模様ですっきりした展望は得られませんでした。(/_;)

空港に着くと予定の便が機材未到着のため1時間遅れとのこと。

機材って何だ?  飛行機そのものが遅れているらしい。

航空会社がお詫びに1000円分のチケットをくれました。(^o^)

空港内でしか使えないので何か買わなきゃ損だ。

荷物になるのはいやだから、小さいシーサーの置物を買いました。

いま我が家の玄関で、悪いものが入らないよう睨みをきかせています。(^O^)sisa

飛び立った飛行機はすぐに下降をはじめ、宮古島に到着しました。

慌ただしかった島巡りの2日目でした。

唐人墓

16世紀以降、中国人労働者が世界各地に多数送り出されていました。
これは当時、苦力貿易(一種の奴隷貿易)と言われていました。
1852年、廈門(アモイ)の400余人の苦力(クーリー)たちは、米国商船ロバート・バウン号でカリフォルニアに向かう途中、度重なる数々の非人道的暴行を加えられ、遂にたまりかねて反乱を起こし、船長等7人を打ち殺しました。
船は台湾へ向かう途中、たまたま石垣島沖で座礁しました。
乗っていた380人の中国人が島に上陸しました。
八重山の政庁蔵元は仮小屋を建てて、彼らを収容しました。
しかし、米英は軍艦を3回派遣し、砲撃を加え、武装兵を上陸させました。
中国人は山中に逃亡しましたが、銃殺されたり、逮捕されたり、あるいは自殺者が出るなど惨憺たる有様となりました。
琉球王府と蔵元は人道的に対応し、島民も深く同情して、密かに食糧などを運び与えました。
しかし、疫病による病死者も続出しました。
この間、関係国間の事件処理の結果、翌1853年、琉球の護送船2隻で生存者172人を福州に送還することができました。
中国ではこの事件がきっかけとなって、大規模な苦力貿易反対運動が起こりました。
1970年、石垣市は異国の地で無念の最期をとげた人びとの霊魂を合祀慰霊するため、唐人墓を建立することにしました。
そして多くの方々の物心両面にわたる支援により1971年にこの唐人墓が完成しました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.02.04

八重山諸島1

寒いときは沖縄に限る。と出かけました。

羽田を出たときは好天で富士山、南アルプス、中央アルプス、木曾御嶽山など見えました。
ところが那覇空港で乗り継いで石垣島に着いたら小雨模様(;_;)日本は広い!
早速バスに乗り川平公園へ。

isigaki1 ここではグラスボートサンゴの海の海底見物です。
いろいろなサンゴの間を大小様々な魚が泳ぎまわり、海底には巨大ナマコ、シャコ貝も。

isigaki5 1時間ほどの見物でしたが十分に楽しめました。(^_^)/

次は米原の国指定天然記念物ヤエヤマヤシの群落を見物です。

isigaki4

途中でカンムリワシが羽を休めているところを見ることが出来ました。

これも国指定天然記念物、ラッキー。(^_^)v

でも写真は撮り損ってしまいました。

動くバスの中からじゃ無理ですね。(-_-;)

ヤエヤマヤシの群落の中も薄暗く、写真撮影には適しないところでした。

おまけに「ハブに注意!」の看板がそこかしこにあって、歩道の上しか歩きたくない。(>_<)

休憩所でムラサキイモ餡の饅頭を食べてホテルへ直行しました。(^o^)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.02.02

四字熟語

100円ショップで四字熟語辞典を買いました。(^_^)

100円といっても侮るべからず。約1000の四字熟語が収録されています。

これを読んでいると、今世間を騒がしているいろいろな事件に

使えそうなものが、たくさんあります。

以下、いくつかを挙げてみましょう。

羊頭狗肉(ようとうくにく):見かけは立派だが、中身は劣っている

こと。見かけ倒し。

せっかく買ったマンションが実は地震に弱い代物だったり、

急成長したIT企業が実はマネーゲーム虚業だったなどにぴったり。

安全だという触れこみの牛肉が、実はそうではなかったなども

この類ですかね。(@_@)

空中楼閣(くうちゅうろうかく):もとは蜃気楼をさす言葉。

転じて根拠のないむなしい事柄。現実性の乏しい考えの意。

類語:空中楼台・砂上楼閣

食や生活環境の安全神話など、もろくも崩れ去った感がありますね。

自分の身や財産は自己責任で守れということでしょうか。(=_=)

尸位素餐(しいそさん):ある地位についているにもかかわらず、

職責を果たさず、無駄に給料をもらっていること。

何もしないどころか、年金を食いつぶす役人や、天下りのために

談合の手伝いをするなどはもっとひどい。(>_<)

その他にも検査会社、監査法人など数え上げたらきりがない。

唯々諾々(いいだくだく):物事の善悪や是非にかかわらず、人の

言いなりになること。

某国の首相は某国の大統領に唯々諾々と従っている「ポチ」と

言われています。(-_-;)

天網恢々(てんもうかいかい):「天網恢々疎にして漏らさず」の略。

天の網は目が粗いようだが、悪人を決して取り逃がさないということ。

是非こうあってほしいですね(^o^)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.01.07

初歩きの毛無山

今年の山歩き初めはやはり富士山の展望台が良いというわけで河口湖北岸の毛無山に行って来ました。(^_^)

ところがこの日は生憎の曇り空。それも富士山が裾野からてっぺんまで全然見えないと言う完璧の曇りようでした。(/_;)

文化洞トンネル入り口脇から登り始めると熊出没注意の看板が。

でも、もう冬籠りだろうと気にしないことにしました。(^o^)

寒いのでゆっくり休み無く登って標高差570mを1時間40分で登り切りました。

風花が舞う中で昼食タイム。だが寒くて長居無用と東尾根を下りました。
雪はうっすら程度でしたが、落ち葉が積もっていて踏み跡がはっきりしません。
道標はありませんが分かりやすいコースだと油断したのがまずかった。

渕坂峠・1053.7m三角点・天神峠までは鼻歌交じりで下りましたが、次の958mの独標通過直後に東へ向かわなければならないのに南の尾根に踏み込んでしまいました。(-_-;)

ミスコースに気がついて引き返すのって一気に疲れが出るものですね。
それでも時間に余裕があったので慌てることなく湖畔の831m水準点付近に下山しました。(^O^)

展望に恵まれず寒いだけの初歩きでした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.01.06

超○○

中国出身の高校生の質問です。
彼女は若いだけあって、日本語の習得が早く、話し言葉は全く不自由なく使いこなしています。
しかし、書き言葉はちょっと苦手のようです。

先日、こんな質問を受けました。
「童話を読んでいたらたいそう喜びましたという言葉がありましたが意味がわかりません。」すべて耳から覚えるので、辞書は引かないのだそうです。

たいそう(大層)は、とてもたいへんひじょうになどと同じ意味です。」
と言ったところ、

「ああ、チョウと同じですか。」

「うーん。若い人はチョウ○○という言い方をよくします。
でも、年取った方はあまりチョウ○○という言い方をしません。
年上の人と話すときはチョウ○○という言い方はしないほうがいいでしょう。」

この説明はちょっと舌足らずだったようです。(^^;)
年配者でも超特急、超能力、超満員などは違和感なく使っていると思います。

ケロケロも超+名詞の場合は、あまり違和感がありませんし使いもします。
ですが、超+形容詞、超+動詞は使わないし聞いて違和感を持ちます。
超+形容動詞の場合は、どっちつかずな感じです。(-_-;)

広辞苑(第5版、電子辞書)によると
ちょう(超)テウ
(1)とびこえること。程度をこえること。「超過・超越」
(2)ぬきんでること。かけ離れてすぐれていること。「超然・超人」
(3)(接頭語的に)ア.程度一杯をさらにこえる意を表す。「超満員・超特急」
イ.「ウルトラ」「スーパー」などの訳語。「超国家主義・超現実主義・超関数」

ここまでは超+名詞ですが、
(4)俗に、その語の内容をはるかにこえていること。「~忙しい」「~愉快

アレッ。広辞苑では超+形容詞、超+形容動詞を認めているの?(@_@)

世の中が進んでいるのか、ケロケロが遅れているのか。たぶん後者でしょうね。(^_^;)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.01.02

新年

明けましておめでとうございます。
日本中で今一番飛び交っている挨拶です。(^_^)
でも、テレビを見ていると、ときどき
新年明けましておめでとうございます。」という挨拶を耳にします。
ケロケロはこの挨拶が妙に気にかかるんですよね。(-_-)

いつだったか、今はやりの日本語番組で金田一秀穂先生
新年おめでとうございます。と明けましておめでとうございます。が
重複して使われているから好ましい使い方ではない。」
という解説をしていました。
さらに「新年明けたら来年になってしまう。」という意味の発言もありました。

明ける」には「一定の期間・時間が終わる」という意味があります。
夜が明ける。梅雨が明ける。夜勤明け。連休明け。などそうですね。
新年明けたら来年になる」というのはなるほど納得です。(^^)

fuji
まあ「一富士二鷹三なすび」って言いますから、富士山の写真をどうぞ。
でも、一富士は良し、二鷹までは何とか許容の範囲として三なすびなすびってなんですかねえ。(?_?)
一説には静岡名産のなすびだといいますが、静岡名産だったら他にたくさんあるでしょうに。(^o^)

| | Comments (0) | TrackBack (1)

2005.12.30

筆順

最近の日本語ブーム(?)を反映してか日本語に関するTV番組が多くなりましたね。(^_^)
でも、問題の出し方に疑問を感じることがあります。
例えば筆順の問題です。

筆順に正しい筆順、間違った筆順はない。というのがケロケロの考えです。
文字は何のためにあるかというと、それは読むためにあるんです。

どのような筆順で書かれても読めれば文字としての機能は十分なはずです。
早い話が印刷の文字には筆順はありません。

では、なぜ筆順を気にする人がいるのか。
それは昭和33年に文部省(当時)が学校教育における漢字指導の能率を高めるために、教育漢字881字の筆順を定めた「筆順指導の手引き」を出したからでしょう。

しかし、「筆順指導の手引き」には「ここに採り上げなかった筆順を誤りとするものではない」と書かれています。

つまり、どんな筆順でも誤りとは言えないと文部省が言っているのです。
ですから筆順を出題して○×をつける根拠はないということです。

でも、多くの人が同じ筆順で文字を書くことにはメリットがあると思います。
それは自分の書き方と同じ書き方で書かれた文字は読みやすいからです。
筆順には正誤はないが、筆順を統一することは好ましいというのがケロケロの主張です。(^_-)

じゃあ、何もがたがた言うことはないだろう。」って言われそうです。

でもね、「正しい筆順はこうだから、それ以外の筆順は間違いだ。」と

されてしまうのには抵抗があるんですよねえ。(-_-;)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.12.24

有無

外国出身者に、市役所に届ける書類に「配偶者の有無」という欄があるが、配偶者は人間だから「有無」というのはおかしいのではないかという質問を受けました。
「配偶者は人間でしょう?」と言うのが彼女の質問です。

彼女は東京の日本語学校で「いる」は人間や動物に使い「ある」は樹木や非生物に使うと教わったそうです。

でも、そんなに簡単に済む話じゃないですよね。(^_-)

サンゴは動物ですが、「・・の海底に美しいサンゴが(   )。」という場合、(   )の中は、(いる)より(ある)の方がぴったりします。

タクシーは非生物ですが、終電車で帰ってきた駅前でタクシーを見つけたとき、

「良かった。タクシーがあった。」とは言わず、

「良かった。タクシーがいた。」と言う方が自然に聞こえます。

こんな質問をされるとケロケロは困ってしまいます。(^_^;)

日本人だからたって、日本語のことは何でも分かるんだってことはないですから。
ケロケロの説はこうです。

移動可能なもの(生物、非生物に関係なく)が「現在そこに存在する」ことを言う場合は
いる」、移動しないものの存在を言う場合は「ある」と言う。

テレビですごいロボットを紹介していました。時速6kmで走るんだそうです。
じゃあ、このロボット君は「いる」のか「ある」のか?
ウーンまた分からなくなってしまった。(?_?)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.12.22

ピル

サルが増えすぎて農作物を荒らすので、対策としてイヌの力を借りという案があるそうです。犬猿の間柄といいますから、案としていいかも知れませんね。
サル以外にも、カラスカワウなどの鳥類、シカイノシシなどの異常繁殖も各地で問題になっています。

被害があるからといって捕獲し安楽死させると、それこそ動物愛護団体から
ケンケンゴウゴウ」の非難を浴びることになるでしょう。(-_-;)

動物の異常繁殖に対してケロケロは3つの秘策を考えています。

第1は、遺伝子技術を使って、ニホンオオカミを復活させることです。(^o^)
ニホンジカ・ニホンザル・イノシシなどは激減するでしょう。

第2はオオタカなどの猛禽類を人工繁殖して山野に放すことです。(^^)
カラスカワウはこれで駆逐されるはずです。

第3はそれでもだめなら、究極の手段はピルです。
カラス用ピルカワウ用ピルサル用ピルなどそれぞれのピルを開発し餌に混ぜて食べさせるのです。(^_-)

これなら動物愛護団体に非難されることはないでしょう。
もっとも、あまりやりすぎるとカラス絶滅危惧種に指定される事態になりかねません。

戦前戦中は「産めよ増やせよ」の大号令で、兵士予備軍増産を奨励していました。
敗戦後は一転して「産むな増やすな」の産児制限が国策となりました。
それが今や「少子高齢化」が大問題になっています。
「うーん、どうしたらいいの」と、ここで昼寝の夢から醒めたケロケロでした。(*_*)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.12.21

杞憂

杞憂という言葉があります。

広辞苑(第5版)によると
(中国の杞の国の人が、天地が崩れ落ちるのを憂えたという故事に基づく)
将来のことについてあれこれと無用の心配をすること。杞人の憂い。取り越し苦労。

となっています。
つまり、「そんな心配はするだけ無駄」「そんなことは起こりえないよ。」ということらしい。

前5~3世紀の中国の戦国時代、列禦寇という人が著わしたという「列子(天瑞篇)」にある逸話だそうです。

 しかし、毎年襲ってくる台風、あちこちで頻発する地震などの自然災害。核ミサイル、テロなどの人為的災害。毎日のように報じられる殺人事件。せっかく手に入れたマイホームも震度5の地震で崩れ落ちる欠陥住宅かも知れない。これって、「杞憂だ」なんて言っておれないような・・・・。(-_-;)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.12.10

聖林

クリスマスが近づきましたね。

そろそろ「聖しこの夜」という歌声があちこちで聞かれるようなりました。
聖しこの夜」は英語で「Holy Night」というのだと思って、確認のため小学館英和中辞典をみました。
すると「Holy Night」という熟語は見あたらないのです。(?_?)

holy」という形容詞と「night」という名詞を並べているだけだったんですね。

でも日本語ではこれを「聖夜」という熟語に訳しています。

じゃあ、「聖林」はどうだ。言わずと知れた映画の都ハリウッドのこと。
ところが「holy wood」という熟語も見あたりません。

カタカナ語辞典で調べると「holly wood」となっているじゃありませんか。

スペルが違う。「holly」はモチノキ科の総称、セイヨウヒイラギの類、その赤い実のついた枝葉と書いてありました。

じゃあ、これを「聖林」と訳したら間違いなのか?
困ったときの広辞苑というわけで調べました。

ハリウッド(Hollywood)アメリカ映画産業の中心地。

俗に「holly」を「holy」と誤り「聖林」と書く。

アレレレレ・・・。 「聖林」と書いていたのは間違いだったの(?_?) 。

シ・知らなかった。(>_<)

何十年もHollywood聖林と書いて「聖なる森」だとばかり思っていました。(^_^;)
かといって「モチノキ森」「柊材」じゃ・・様にならないし・・。(-_-;)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.12.03

やった! パソコン

ハードディスクとマザーボードを交換しなきゃダメと言われたパソコンを持ち帰ったものの、さてどうしよう?(=_=)
まずOSを入れ替えようと思ったがリカバリーディスクがない。
壊れたWin2000には、FDISKもない。(-_-)
そこで考えたのがLinux
以前買った雑誌に付録として付いていたCD-ROMのLinuxのインストールをダメモトで試みた。
案ずるより産むが易し。簡単にインストールが出来てしまった。(^_^)/
起動してからのログインの手続きや、ソフトを呼び出すコマンドなど、
ややこしい面もあるが慣れれば問題ないだろう。
それに、WEBブラウザや日本語入力ソフトをはじめ
ドローソフト・表計算ソフト・グラフィックスソフトなど、
おまけがてんこ盛りに付いている。(^O^)
これ等を使いこなせば、当面不自由はない。
もちろん動かなかったキーボードも問題なく動く。
じゃあ、パソのメーカーが言っていた
ハードディスクとマザーボードが壊れている」って嘘だったのか?(?_?)
ハードは価格競争が激しくて儲からないから修理代で稼ごうって言うのか?
マ、いいや。半年ぐらいかけてLinuxに慣れたら、Windowsとはおさらばしよう。(^_^)/~

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.11.30

あ~、パソコンが・・・その3

異常を起こしたパソコンを購入したパソコンショップに持っていった。
ショップのお兄さんがいろいろ調べてくれたが結局わからない。(-_-)
メーカーに送って調べてもらうことにした。
「保証期間内で良かった。」と一安心しが、そうは問屋が卸さなかった。

数日後パソコンショップから電話があった。「修理に11万5000円かかります。」
冗談じゃない。さっそく飛んでいってそのわけを聞いた。
メーカーが言うには、ハードディスクとマザーボードの取り替え必要だとのこと。

「バカ言っちゃいけない。Win2000は立ち上がるし、マイクロソフトのサイトには接続できる。」
「部分的に壊れるってこともありますから。」
「ハードディスクとマザーボードが同時に機械的に壊れるわけがない。」
「非常に希なケースですねえ。」
「システムが壊れただけだ。システムを復元してくれればいい。」
「でも当店では・・・・。」
「もういい!自分で何とかするから修理しなくていい。」
「キャンセル料が3500円かかります。」
「そんな話は聞いていない。店長を呼んでくれ。」

店長が来た。
「たしかにキャンセル料の話をしなかったのは当方の手落ちです。
キャンセル料はいただきません。」
と認めた。
さて、持ち帰ったパソコンをどうしようかなあ。(=_=)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.11.26

あ~、パソコンが その2

98SEは一応動くようになった。
だが、まだ問題がある。(-_-)
SCSIカードで外付けしていた、ZipMOがおかしい。
SCSIが両方を同時には認識しない。何度やってもダメ。
何もいじっていないのにこんなことって?
カードメーカーのサポートに電話したがらちがあかない。
SCSIエクスプローラを調べると、CD-ROMドライブとMOドライブのIDがだぶっている。
これはおかしい。第一、CD-ROMドライブはパソに内蔵されている。
SCSIで接続している訳じゃない。
こうなったら初心に戻って、一からやり直すしかない。(>_<)

カードを外し、ドライバーソフトを削除し、MO・Zip・スキャナも外し
SCSI-IDやターミネータの設定をやり直した。
これでどうだ!
パソを再起動したら、あっさり認識して全部使えるようになった。(^_^)/
やれやれ・・・。
Win2000の異常がSCSIカードにまで飛び火するってことがあるのかなあ?(?_?)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.11.25

あ~、パソコンが・・その1

前日、問題なく終了したパソコンを、翌朝起動したら、大変なことになってしまった。(/_;)
Win2000の自動アップデイトが始まり、無事に終了したという意味のメッセージが出た。
「やれやれ、よかった」とHPにつなごうとしたが、キーボードから入力できない。
ワープロソフトを立ち上げようとしたがこれもダメ。
それからが大変だった。
セーフモードで立ち上げてもだめ。スキャンディスクをやろうとしてもスキャンディスクの機能そのものがなくなっている。(-_-;)
半日いろいろやったがどうにもならない。結局OSをリカバリーすることに。
ところが元々リカバリーディスクが付属していないタイプなので、マニュアルに書いてある¥i386のフォルダの中を探したが、setupのファイルがない。(>_<)
「こりゃダメだ。」ケロケロの手には負えない。
さしあたって休眠中のWin98Seパソに切り替えることに。
ところが長らく放っておいたためか、パソがすねて、なかなか言うことをきかない。
やっとの思いで何とか使えるようにした。フーッ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.11.06

信州・甲州バスの旅3

車窓の山岳展望
バス旅の楽しみの一つに、車窓からの展望があります。(^o^)
山好きのケロケロにとって、バス車窓からの山岳展望は大きな目的の一つです。
今回のバス旅は、往路が関越道、上信越道、復路が中央道と山岳展望にとっては言うことなしのはずでした。
しかし、第1日目は小雨のそぼ降る出発で、関越道からの日光連山、赤城、榛名などは全く見えませんでした。(>_<)

上信越道の松井田付近にさしかかって、雨が上がり雲が切れてきました。
妙義山の切り立った岩峰群は色づき始めたモミジを纏って荒々しく屹立していました。

佐久平に入ると本来見えるはずの浅間山は雲の中に隠れたまま。(/_;)
とうとう第1日目の山岳展望は不発に終わりました。

kasimayari 期待の第2日目。先ずは宿のすぐ前の河原から鹿島槍ヶ岳が見えました。(^^)
まだ雪が少なく残雪期ほどの迫力はありませんでした。
宿を出発したものの、暖かすぎてまるで春霞状態でした。

南下するバスの車窓から見えるはずの北アルプス連峰は霞のヴェールに閉ざされたまま。
僅かに餓鬼岳、燕岳、大天井岳、常念岳と思われる姿がぼんやりと浮かんでいました。

中央道の諏訪付近まで来ると、八ヶ岳がくっきりと見えました。南端の編笠山から北端の蓼科山までの全山オンパレードでした。(^_^)/

八ヶ岳を過ぎると「ニセ八ヶ岳」と言われる茅が岳が見えます。八ヶ岳をそのまま小さくしたような山容です。(^_-)

天気がすっきりしないので、南アルプスもはっきりしません。甲斐駒ヶ岳から鳳凰山に連なる稜線がシルエット状に見えただけでした。(-_-;)

結局、今回の山岳展望は満足度50%以下という結果に終わりました。

残雪期(=さくらの頃)また行きたくなりました(^o^)

| | Comments (3) | TrackBack (0)

2005.11.05

信州・甲州バスの旅2

上田城と善光寺にも立ち寄りました。
上田城は、ン十年ぶりでした。昔と違って今は公園として整備されています。
紅葉はやっと色づき始めたところでした。
1583年、真田昌幸が築城した城です。徳川の大軍と2度戦って2度撃退したということです。
uedajou 真田と言えば、真田幸村とともに、猿飛佐助、霧隠才蔵、三好清海入道などの「真田十勇士」を思い出します。
ケロケロの子供の頃、隣の呉服屋さんに「立川文庫」という講談本がおいてありました。
これを借りてきて夢中になって読んだ記憶があります。
「真田十勇士」は「立川文庫」の中でも特別の大スターでしたね。(^_^)
上田城内に「抜け穴の井戸」があります。背後にそびえる太郎山まで通じる抜け穴だそうです。
徳川軍に十重二十重に包囲されても、この抜け穴を使って兵糧や武具を調達したというのですが本当でしょうか?(?_?)
何はともあれケロケロにとっては子供の頃のロマンを思い出させてくれる名城です。(*^_^*)

2年ぶりに訪れた善光寺山門(三門)の解体修理中でした。(-_-)
山門全体にすっぽりとシートが掛けられていました。
zenkouji ただ扁額はシートの外側に掛けてあるので、見ることができます。
案内のお兄さんの説明によると、この額の「善光寺」という文字の中に、が隠れていると言うのですが、ケロケロにはわかりませんでした。(?_?)
境内を散策していたら、中年の奥さんが「菊花展はどこでやっているんですかねえ。
と問いかけてきました。

ケロケロ「さあ、旅行者なんでわかりません。」
奥さん「遠くから来たんですね。今夜はどこにお泊まり?」
ケロケロ「大町温泉です。」(^^)
奥さん「これから大町まで? 遠いですよ。道はわかりますか?」
ケロケロ「プロの運転手がついているからだいじょうぶです。」(^_-)
奥さん「まあ!タクシーで観光ですか。優雅ですね。羨ましい!」
バスツアーだと言いそびれてしまいました。(^_^;)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.11.03

信州・甲州バスの旅1

SUWAガラスの里
バスツアーで諏訪湖のほとりにある「SUWAガラスの里」に立ち寄りました。
素晴らしいガラス工芸品が展示販売されているところです。
ただし、お値段も結構な金額です。まあ、目の保養のつもりで見学しました。(^_^)
ここで一番感動したのは、直径1メートルぐらいありそうなガラス球です。こんな巨大な球は並大抵の技術では作れません。
材質は光学ガラス(カメラや望遠鏡などのレンズに使う)です。
小さな塵も気泡も入らないように原料を溶解する技術、歪みが入らないように徐冷する技術、真球に研磨する技術のどれをとっても生やさしい技術ではないはずです。
ちょうど通りかかった案内の人に聞いてみました。
「これも売り物ですか。」
「はい。売り物でございます。」
「おいくらですか。」
2億円でございます。」
・?×△◇。(@_@)
ちょっと小遣いが足りないなあ。(^_^;)
年末ジャンボ宝くじでも当たったら買うか。(^o^)

影絵の森美術館
次に訪れたのは昇仙峡の影絵の森美術館です。世界的な影絵の巨匠、藤城清治氏の作品が展示してあります。
時間つぶしのつもりで、あまり期待せずに入ったのですが、幻想的な美しさと
ほのぼのとしたファンタジーにすっかり魅了されてしまいました。(*^_^*)
その他にも日本のゴッホと称される山下清氏展、ゲゲゲの鬼太郎の水木しげる氏展、ふるさと旅情画の安井康二氏展、漫才協団会長のうつみけいこ氏展も開催中でした。(^^)
これだけ見て団体割引料金600円。
おまけに飲み物とお菓子のサービス付きでした。(^o^)
絶対におすすめですよ。(^_^)/

sengataki あんまりゆっくりしすぎて、仙娥の滝を見損なうところだった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.10.31

北限のみかん

バスツアーではたびたびトイレ休憩があります。(^_^)
今回の最初のトイレ休憩は寄居PAでした。小さなPAで特にどうってことはないんですが、時間をもてあましてうろうろしていたら、隅っこにみかんの木が1本ありました。
説明板によると、寄居町の風布(ふっぷ)地区は日本のみかん産地の北限として有名で、その起源は天正年間に鉢形城主であった北条氏邦が小田原から移植したものだそうです。(@_@)
鉢形城といえば、文明8年(1476年)、長尾景春によって築城された戦国の名城です。
豊臣秀吉の小田原攻めの際、5万以上の豊臣方の軍勢に囲まれ、北条氏邦軍3千5百との間で1か月近くにわたって攻防が繰り広げられました。
寄居町の風布・小林地区には、現在は15軒の農園が点在していて、10月下旬から12月中旬までみかん狩りが楽しめます。紅葉の時期に合わせて行けばベストです。(^^)/
風布川流域の一角、約1ヘクタールに親水公園、水車小屋、風布館(レストハウス)、ホタル・沢ガニ生息地のなどが整備された「日本水の里」があります。
環境庁(現在の環境省)名水百選認定日本武尊伝説の「風布川・日本水(やまとみず)」は切り立った巨岩の下から湧き出ていて、どんな日照りにも涸れないと言われています。

| | Comments (0)

2005.10.22

右折禁止

駅前通から我が家へ入る路地の交差点は右折禁止なのですが、
気づかずに右折してくる車が結構あるんです。(^_^)
ときどき、取締まりに捕まって油を絞られているドライバーを見かけます。
いつだったか右折して来た車に「そこは右折禁止ですよ。」と親切に教えてやったら、
そんなこと、どこに書いてある!!」と凄い勢いで怒鳴られてしまいました。(@_@)
ちゃんと標識は立っているんですけどね。

hyousiki 青地に白抜きの矢印が書いてある標識です。
道路交通法によれば、この種の標識の場合、矢印方向のみ通行可ということになっています。
直進の矢印であれば右折も左折も不可と言うことですよね。
でも、このやり方は分かりにくいです。2段構えの思考になります。
瞬間的判断を迫られる運転者には直観的に分かる標識が望ましいと思うんです
がいかがでしょうか。(^^;)
Pictograph とかIsotypeなどと言われる絵文字は言葉が分からなくても、小さい子供でも分かることが求められます。
交通標識もIsotypeを取り入れたらいいと思うんですが・・・。(^_^;)

| | Comments (0)

2005.10.17

鼻くそ

あまりきれいな話じゃないんですが・・・・(^o^)
中国出身のCさんから質問を受けました。
C:「子供が幼稚園で悪い言葉をおぼえてきて困ります」
K:「どんな言葉ですか」
C:「鼻くそが出るって言うんです」
K:「ああ、その場合は(ハナガデル)でいいでしょうね」
C:「ハナウンチじゃだめですか」
K:(笑いをかみ殺しながら)「ハナウンチって聞いたことがないですねえ」(*_*)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
外国人向けの日本語のテキストに「鼻くそ」という言葉が出てくることはありません。
でも、Cさんのお子さんのように日本のガキ大将と遊ぶようになれば、
こんな言葉はしょっちゅう聞くんでしょうね。
その日は日本語の教科書に出てこない言葉を取り上げました。
耳かす・耳くそ・耳あか・目やに・目くそ・鼻汁などと並べてみると、
前半は体の部分、後半は分泌物の状態を表す言葉だと気づきました。
「なるほど日本語ってうまくできているなあ。」と言うのが感想です。(^_^)

K:「目くそ鼻くそを笑うということわざがありますよ。」
C:「おもしろーい!。主人が私のことを悪口いうことですね。」
K:「いや、ちょっとそれは・・・・・。」
(まさか、Cさんご夫婦を「目くそと鼻くそ」とは言えませんからね。)(^_^;)

| | Comments (0)

2005.10.15

不動山・陣見山

快晴予報の13日、長瀞周辺の低山散歩に行きました。(^_^)
秩父鉄道の野上駅から出牛峠(じゅうしとうげ)までは、3年前に横隈山(よこがいやま)に行ったとき以来ですが、道順はしっかり憶えていました。(^_^)v

途中の畑の中に黄色いコスモスが咲いていました。珍しいので1枚パチリ。(^_^)v
鬼石へ通じる県道を西へ、犬塚橋から右の舗装道路に入ります。
このゴルフ場へ行く道が大きく右へ曲がるところで、出牛峠への登山道が別れます。
ゴルフ場の看板はありますが出牛峠への道標はありません。
始めて来る人のために、ここには道標が欲しいですね。
沢沿いの涼しい道を登って行くと足元に牛の角のような木の実が落ちていました。
ツノハシバミです。見上げた枝にいくつかの実がなっていました。
峠までは一本道で迷うところはありません。要所々々に「ロングウォーク秩父路」という掲示がありました。
秩父鉄道主催ハイキング会の掲示が残っていたのですね。
峠には車道が通っていて、峠路という感じは全くありません。
不動山までは単調な車道歩きです。ヤクシソウコシオガマが咲いていたのがせめてもの収穫でした。

titibujihana
不動山には95年1月、2月と96年3月に登っています。
そのころはヒノキの植林がまだ30cmぐらいだったので、北に連なる雪山の広大な展望が得られたのですが、いまは暗い樹林の中の淋しい山頂になってしまいました。(/_;)
間瀬峠への縦走路も明るい展望尾根でしたが今は暗く陰気な路になってしまったようです。
縦走路を敬遠して車道に戻り、遠回りですが明るい車道歩きを選びました。
結果的には正解だったようです。車道脇にセキヤノアキチョウジシロヨメナがたくさん咲いていました。(^_-)
なお縦走路終点から間瀬峠に降りるところは、かなり急峻な崖状態です。雪や雨のときは危険です。
間瀬峠で一服して雨乞山へ。広葉樹林のジグザグ路です。
96年秋に登ったとき、足元の枯れ葉の中から、褐色の大きな野ウサギが2羽とびだして、肝っ玉が消し飛ぶほどびっくりしたことがありました。(*_*)

guraida
雨乞山はパラグライダーの基地です。この日も数人が空の散歩を楽しんでいました。
この先榎峠までは凸凹路ながら四駆の車なら通れる山道です。
榎峠で一旦車道に出ますが車道と並行するハイキングコースもあります。
陣見山も展望は良くないですが、頂上から少し下がったところに、高圧送電線の鉄塔があります。この鉄塔の下では西側の展望が得られます。
さて、ここの下りは階段もあってかなり急です。またぞろ左膝がおかしくなってきました。(;_;)
円良田湖までは無理なようです。大月峠から下山することにしました。
でも、これは失敗でした。根岸集落までは問題ないんですが、国道140号を歩かなければなりません。しかも一部に歩道がない部分があります。大型トラックが唸りをあげて迫って来ます。ガードレールに張り付いてやり過ごすのですが猛烈に怖い。
やっとの思いで波久礼駅にたどり着いてホッとしました。(^o^)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.10.04

伊豆が岳とヒガンバナ

「爽やかな秋晴れになるでしょう。」という天気予報を信じて伊豆が岳に行きました。

例によって正丸駅で下車。沢沿いの道を大蔵山の集落へと歩きます。

ミズヒキ、キンミズヒキ、ツリフネソウ、キツリフネ、ゲンノショウコ、などの野草や

人家の庭先に植えられたシュウカイドウ、シュウメイギク、コスモスなどが咲き競っていました。(^_^)

izudakehana
馬頭尊の分岐で一息いれ、左の沢沿いの登山路に入りました。
かなり急な登りで滑りやすく木の根や露岩にも足を取られそうでした。
尾根上に出て右へ行くと程なく五輪山のピークに着きました。
ここから伊豆が岳まではすぐです。

昔は男坂の岩場を登ったのですが、今は通行禁止の立て札があります。
無理をしないで女坂を行くとすぐに頂上です。
以前は展望が良かったのですが、周囲の木が茂ってしまって、露岩の上に立って背伸びして見ても、あまり良い景色とは言えなくなってしまいました。(-_-;)

予定では、ここから子の権現へ行くつもりだったのですが、古御岳への急な下りになった途端に左膝が痛み出しました。(T_T)

前回の奥高尾行きの時再発した持病の膝痛がまだ十分に治っていないようです。
「これはまずい。」と急遽予定変更し正丸峠へ下ることに。
それでも丸太の階段を下るのは少々きつかった。
用心しながら体を横向きに一歩一歩慎重に下りました。

正丸峠からの下りも荒れていて歩き難かったですね。

馬頭尊の分岐で一休みし、後は写真を撮りながら、正丸駅までのんびりと下りました。

さて、このまま帰っては早すぎるので、巾着田のヒガンバナを見物することにしました。

高麗の駅は帰宅する見物客で混雑していました。
延々と途切れることなく続く人々の列に逆らって10分ほどの歩きで巾着田に到着。
ほぼ満開のヒガンバナを十分に観賞しました。(*^_^*)
higanbana

群生地の中も人が少なく写真を撮るのも歩くのも楽チンでした。
あんな混雑するところは時間をずらして午後遅く行くのがコツかも知れませんね。(^o^)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.10.01

通用しない

電車の中で見た広告の文章が、どうにも納得できない。(-_-;)
ある語学学校の中吊り広告ですが、

日本はもはや日本語だけでは通用しない
と言うものです。

漢字と平仮名で書いてあるから、一応日本語でしょう。(^_^)
言いたいことも分かります。

「日本に住んでいるからと言って、外国語(特に英語)を知らないと不便なことがありますよ。」と言いたいらしい。

でも、この日本語の構文は、「名詞+は+動詞」ですから、
「日本は通用しない」が基本で「もはや日本語だけでは」は付属の部分ですよね。

もはや日本語だけでは」+「日本は通用しない」?? 何のこっちゃ? (?_?)

どうも「通用する」という動詞を使ったのがまずかったらしい。

手元のいくつかの辞書をみても
1.貨幣・言葉など 2.考え・規則・態度など 3.切符など 
が「広く用いられる・受け入れられる。」となっています。

「日本が(は)通用する」という言い方には無理があるみたいですね。

日本は もはや日本語だけでは 暮らしにくい」とでも言った方がわかりやすいし
「ふん、ふん。そうだよね。」と納得するんだけどなあ。(^_-)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.09.17

奥高尾

takaohana わけありで4月以来中断していた山歩きを再開しました。(^_^)
半年も山を歩いていないので、今回は軽く足慣らしにと高尾山に出かけました。
やっと秋らしくなった9月16日 、平日にもかかわらず多くのハイカーが高尾山口の駅前に集まっていました。
登路はケロケロのおすすめコースである6号路にしました。

沢の流れを見、沢音を聞きながらゆっくり登りました。
この季節、花は少なめですが、ミズヒキ、キンミズヒキ、ツリフネソウなどを見ながら行くと、僅か数株ですがツルリンドを見つけました。(^_^)/

沢を離れた高尾山直下の土手に、シモバシラヤマホトトギスがありました。
頂上は閑散としていました。カロリーと水分を補給し、奥高尾縦走路を歩きました。
足慣らしですから、無理をしないで行けるところまでというつもりでしたが、だんだん欲が出て城山、小仏峠、景信山と足をのばしてしまいました。(^_^;)
さて、ここまで来たら陣馬山までという気がむらむらと沸き起こって来ましたが、明王峠でちょうど2時になってしまいました。(-_-)
4月か5月なら日が長いので安心ですが、9月半ばともなるとちょっとどうかなと弱気になり素直に相模湖へ下りました。

正味歩程5時間30分弱、歩数31000歩はややかかり過ぎ?(>_<)

花の少ない季節でしたが、それでもシラヤマギク、ユウガギク(?)などキク仲間が見られたと言うことは、山は秋本番が間近と言うことですね。
もっと体調を取り戻して、秋山を楽しみたいなあ。(*^_^*)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.09.12

どっこい生きてやる

年1回の健康診断に行きました。毎年同じ医者に行くので顔なじみです。

「ケロケロさん。おなかが出ませんねえ。」
「爪に灯をともすような生活ですからね。粗食に耐えているんですよ。」(^^;)

「100の70、血圧もいいですね。」
「年を取ったから、血の気が少なくなったんでしょう。」(-_-;)

「これじゃ、なかなか死ねませんよ。」
「それは困った。年寄りばかり増えては、お国もたいへんですからね。」

「そうですね。年金泥棒って言われかねませんからねえ。」
「子供の頃はお国のために戦って死ねって教えられてましたよ。」(^o^)

「いつか新聞にこんな川柳が載っていました。年寄りは死んで下さい国のため。」
「・・・・・・・」

クソッ! 石にかじりついても長生きしてやるぞ!(>_<)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.09.08

見舞われる

台風14号は各地に大きな爪あとを残しました。ほんとうに心が痛みます。
でも、少しばかり良いこともありましたね。

それは四国の早明浦ダムが貯水率100%になったことです。(^_^)

もう今年は水不足に悩まされることはないでしょう。

だからといって節水しなくても良いというわけでもありませんが・・・・。(^o^)

ところで例によってテレビレポーターの発言にいちゃもんをつけますね。(^_-)

あるテレビ局のレポーターが「早明浦ダムは待望の雨に見舞われました。」と言っていました。

に見舞われる」という言い方の場合、「」は好ましくないものを指すのが普通だとおもいます。

好ましくないものを待望する人っていませんよね。(^-^)

広辞苑(電子版)
みまう(見舞う)
(4)(天災・攻撃などが)襲う。「台風に見舞われる。」「げんこつを一発見舞う。」

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.09.05

怪我人はいませんでした

火事や事故などの際に、
1.「・・・・怪我人はいませんでした。」という報道があります。
2.「・・・・怪我人はありませんでした。」と言う場合もあります。
ケロケロは「・・・・怪我人はありませんでした。」のほうに軍配を上げたいなあ。
1.「・・・・怪我人はありませんでした。」は「誰も怪我をしなかったということがはっきりしているけど
2.「・・・・怪我人はいませんでした。」は「(誰かが怪我をしたと聞いて駆けつけてみたが、その)怪我人は(すでに病院に搬送されていて、事故現場には)いませんでした。」という意味にとれなくもない。何だか違和感があるなあ。(=_=)

交通情報で

1.「新幹線は定刻通り、運転されています。」と
2.「新幹線は定刻通り、運転しています。
の二通りの言い方がありますね。
1.は新幹線(システムや車両)が誰かによって運転されている。「運転している動作主体は別にいる。」ということかなあ。
2.は「運転している動作主体は新幹線そのもの。」ということだから、「じゃあ、新幹線は何を運転しているの?」って聞きたくなる。(~o~)

1.地震が起きる確率は○○%
2.地震が起こる確率は○○%
この違いはなんだろう? 「寝そべっていた風太くんが起きあがった。」と言うが「寝そべっていた風太くんが起こりあがった。」はちょっと変。(@_@)

うーん、偏頭痛になりそうだから、今日はこの辺で思考停止にしようっと。(^_^)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.09.02

看護婦さんが消えた

娘が入院しました。独立行政法人国立病院機構○○病院といういかめしい名前の大病院です。
要するに以前の国立病院です。変わったのは病院の名称ばかりではありません。

「患者」は「患者様」に格上げされました。(*^_^*)
そして、この病院から「看護婦さん」が消えてしまったのです。(?_?)
ナースステーション」もなくなりました。(@_@)
「えっ、それはたいへん!」でも、ご安心を。
スタッフステーション」と呼ぶようになっただけです。(^o^)
看護師さん」がおおぜいいらっしゃるので安心です。(^_^)v
あら探しの得意なケロケロは発見しました。
看護婦さん、おっと違った「看護師さん」を呼ぶための押しボタンは「ナースコール」のままでした。(^_^)/
ケロケロのワープロでは「かんごし」が一発で「看護師」に変換しないのです。
そうだ、単語登録しておこうっと。(^_^)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.08.29

頭の体操 犬の散歩

犬の散歩
健康のために散歩するのが日課のようになっています。
その散歩の途中で、ときどき首をかしげたくなるような張り紙や広告を見かけます。

犬の散歩をしないでください。(?_?)
うっかりすると見過ごしてしまうような張り紙ですが、よくよく考えると変ですよね。
犬の散歩」って何? 「だれが「犬の散歩」をするの?
「犬の散歩」は「犬がする散歩」ですから、「犬の散歩をしないでください。」は「(あなたは)犬がする散歩をしないでください。」ということになりませんか?(^^;)
正確に言うと「犬に散歩をさせないでください。」「犬と(いっしょに)散歩をしないでください。」と言うべきでしょうね。でも「犬の散歩をしないでください。」で意味が分かってしまうところが日本語の便利さかもしれません。

方向指示器を出して・・・
「○○のお客様は方向指示器を出して左へ寄ってください。」という看板を見かけました。○○はスーパーの名前です。「方向指示器を出す」って、ちょっと変だと思いませんか?
昔の折りたたみ式の方向指示器だったら「方向指示器を出す」という言い方も納得ですが、
今は100%ウインカーですから、「方向指示を出して」と言うべきじゃないでしょうか。ウインカーを放り出したら困りますよね。(^O^)

犬のフン、持って帰れば・・・
遊歩道に「犬のフン、持って帰れば町の美化」という標語を見かけました。
「犬連れで散歩する人は、自分の犬がフンをしたら、そのフンは持って帰ってください。」という趣旨のようです。

でも美化とは現状より美しくすることですから、自分の犬がしたフンを持って帰ったからと言って美化にはならないでしょう。今までどおり(現状維持)になるのではないでしょうか。
すでに落ちていたフンを持って帰れば美化になるでしょうけどね。

と言った具合に、つまらないケチをつけながら散歩すると頭の体操になるかも・・・・。(^_^)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.08.17

刺客

最近テレビで「刺客」という言葉にお目にかかりますね。
辞書によると「暗殺する者」となっています。
読み方は「せきかく」→「せっかく」→「しかく」と変わったようで、現在「しきゃく」という読み方もあるようです。
あまり良いイメージの言葉ではないので、刺客と呼ばれることに抵抗がある人は多いのでは?
ケロケロは「刺客」というと先ず荊軻(けいか)を思い浮かべます。

彼が暗殺に成功しておれば、極端に言って世界の歴史が変わっていたかもしれません。
その狙った相手は秦王の政(後の始皇帝)でした。

当時、秦に圧迫されていた燕国の丹(太子)は、最後の手段として政を暗殺することを企てました。

そして剣の達人荊軻に白羽の矢を立てました。

荊軻は「士は己を知るもののために死す」と、その役目を引き受けました。

いよいよ出発の時、太子丹は国境の大河易水まで見送りました。

このとき荊軻が詠った詩の一節が見送りの人々の肺腑(はいふ)をえぐりました。

風蕭蕭として易水寒し 壮士ひとたび去ってまた還らず」(かぜしょうしょうとして えきすいさむし そうし ひとたびさって またかえらず)

成功しても失敗しても生還することはない。荊軻は易水を渡りました。
真の刺客にはこの覚悟が必要なんですね。

この覚悟がなければ、「刺客」の「資格」はないと言えましょう。

秦王政にいま一歩と迫った荊軻の匕首(あいくち)は、遂に王を刺すことかなわず、むなしく空を切りました。

BC227年のこととされています。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.08.02

いとこちがい

ある時、タイ出身のTさんからこんな質問を受けました。
いとこの子供は何といいますか。
えっ。(?_?)
いとこの子供って何だろう。ケロケロは答えることができませんでした。(/_;)
幸い電子辞書を持っていたので、「~いとこ」「いとこ~」を調べまくりました。
すると「いとこちがい」が見つかりました。

広辞苑第5版(電子版)
従兄弟違い:自分と父母のいとこ(自分といとこの子)との間柄
 
でも、

あの子は私のいとこ違いです。」

と言っても、果たしてどれだけの人が分かってくれるでしょうか。(@_@)
特に外国人が言ったら

そんな日本語ないよ。

なんて言われてしまいそうです。

Tさんには

あの子は私のいとこの子です。」

と言うほうが無難だと言っておきましたが・・・。(-_-)

外国人から思わぬ質問を受けて、戸惑ってしまうことがよくあります。(-_-;)
ケロケロの仲間(日本人スタッフ)の間でも、

日本人なのに日本語を知らないって思い知らされることがちょくちょくある。」

という話がよく聞かれます。
もっと勉強しなくちゃ。(^_^;)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.07.30

道東の旅 その3

renzan

ウトロ港から観光船に乗り、海からの知床半島を楽しみました。
ときどきヒグマも姿を見せると言うことでしたが、この日は休養日だったのでしょう。
でも、前日までと打って変わって快晴。知床連山を心ゆくまで堪能しました。(^_^)/~
kamuitaki

断崖絶壁に「湯の花の滝」「フレベの滝」「カムイワッカの滝」などが懸っていました。
ウトロ港に戻りバスで知床五湖へ。
ネイチャーガイドのさんの案内で一湖と二湖を散策しました。

三、四、五湖はヒグマ情報により閉鎖されていました。残念(/_;)
さんによると
「クマが出るんじゃなくて、クマはいるんです。クマのいるところに我々がお邪魔するんです。」
と言うことでした。妙に納得しました。(-_-;)
niko_yama

湖面に映る知床連山の眺めは素晴らしかったし、まあ、いいとするか。(^o^)

次に「フレベの滝展望台」へと向かいました。「フレベの滝」は一名「乙女の涙」ともいうそうですが、なぜ「乙女の涙」なのかはわかりません。
樹林帯を通り抜けるので、ひょっとしたらヒグマに会えるかもしれないと、
期待と不安を胸に歩きましたが結局、会えませんでした。
残念?良かった?('_')?
sika

でも、エゾシカには会えました。
なかなか顔を上げてくれないので、シャッターチャンスがなく、
あまりいい写真は撮れませんでした。

osinkosin
小清水原生花園に向かう途中に、オシンコシンの滝があります。
流身80mの豪快な滝です。だた、近すぎて全貌がカメラに納まりませんでした。(^O^)
超広角レンズが必要ですね。

知床連山が遠ざかり、斜里岳が優美な姿を見せました。

kisuge
小清水原生花園は花の盛りを過ぎていました。残念!
エゾスカシユリエゾキスゲが少し残っているだけでした。(/_;)

sukasiyuri

飛行機の時間までにはだいぶ余裕があったので、網走のオホ-ツク流氷館に立ち寄りました。
マイナス17度Cの部屋にはいると、南極の氷や、18年前の開館当時の流氷が保存されていて、手で触れてみることもできます。
でも、寒すぎて長居はできません。(^_^;)

クリオネイクオネといった可愛らしい流氷の生物も見ることができます。
大画面による四季のオホ-ツクの映像は迫力がありました。
屋上からの展望もばっちりでした。入館料400円でしたが、一見の価値があります。
女満別空港は便数が少ないからか、食事処が2店しかありませんし、お客が集中して行列ができていました。

お土産になりそうな食べ物は売っていますが、弁当の代わりになりそうなものはありませんでした。
空港に着く前にコンビニで弁当を買っておくことをお勧めしますよ。(^_^)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.07.25

道東の旅 その2

湯川温泉で一泊した翌朝、早朝散歩に出かけました。
ここは阿寒国立公園なんです。
isotutuji お目当ては硫黄山の山麓に広がるイソツツジの大群落です。
道道52号(北海道には県道はありません(^_-))からツツジが原の散策道に入ります。
早朝というのにネイチャーガイドに案内されたグループ数組に出会いました。
エゾイソツツジの盛りは過ぎていましたが、十分に鑑賞に堪えるすばらしさでした。

tesikagahana

その他に路傍にノコギリソウマンテマを見かけましたが、自生のものか、観賞用に植えたものが野生化したものか分かりません。(?_?)


近くに相撲記念館があります。名横綱大鵬の出身地だそうです。
相変わらず天気はどんよりしていました。でも、ここまで来たら摩周湖ですよね。
ホワイトアウトの展望台から「霧の摩周湖」をたっぷり鑑賞することが出来ました。(>_<)
でも、土産物屋さんに野生のリスが数匹現れて、観光客からヒマワリの種をもらって食べていました。

risu しぐさが可愛らしかったですねえ。(*^_^*)
次の目的地は野付半島です。途中、多和平牧場に立ち寄りました。
広大な牧場で、「地平線」が見えるという触れこみでした。
展望台に上ってみると展望図がありました。
そこの展望図に阿寒岳やその他の山々が描いてありました。
「あれっ。地平線が見えるんじゃないの?」
山並みが見えるんだったら地平線とは言わないんじゃないのかなあ。(^O^)
尾岱沼漁港で野付半島のトドワラ行きの観光船に乗りました。
野付湾の水深は浅く、海底に群生しているアマモが見て取れるほどです。
ゴマフアザラシが2、3度顔を出しましたが遠すぎて写真に撮ることが出来ませんでした。トドワラは大きな波が来たら水没しそうなくらいに海面すれすれの砂嘴です。
海水をかぶって立ち枯れした木が乱立した奇観が見られます。

notukehana ここからネイチャーセンターまでの散策は、花花花のオンパレードでした。(^_^)/
写真の他にもノハナショウブ、ハマエンドウ、ヒオウギアヤメ、エゾフウロ、シバナ、エゾシシウド、ウミミドリなどがありました。

turu でも一番の収穫は、タンチョウヅルです。
一面のエゾカンゾウの中で悠々と餌をついばんでいる優雅な姿を写真に納めることが出来ました。v(^_^)v

根室海峡の彼方に薄く島影が見えました。
国後島です。大きな島ですね。

「返せ! 北方領土!」


羅臼町から知床峠をこえるまでは、全くの濃霧の中でした。
楽しみにしていた峠からの羅臼岳の展望はゼロ。(/_;)
でも、峠を越えたとたんに青空が見えました。
根室海峡側とオホーツク海側とでは気象がまるで違うんですね。(@_@)
この日の泊りはウトロ温泉です。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

2005.07.22

テレビ語 2 発覚

最近TVで「発覚する」と言う言葉をよく聞きます。
発覚とは隠していたこと(悪事など)が明らかになると言う意味だと思うんですが、
必ずしもそのようには使われていないようで違和感があります。
今日も某局の男性アナウンサーが

Kさんのお父様が、亡くなっていたことが発覚しました。」

と言っていました。Kさんはタレント(俳優)さんです。

広辞苑:
発覚 罪悪・陰謀または秘密のあらわれること。露見。「悪事が発覚する」

Kさんのお父様がお亡くなりになっていたことがわかりました。

Kさんのお父様がお亡くなりになっていました。

でいいのではないでしょうか。

むやみに漢語を使わず、和語でいえばいいのにと思いました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.07.20

道東の旅 その1

関東に棲息しているケロケロには、なじみのない言い方ですが、北海道の東部地方を
道東と言うらしいです。
その道東を少し旅してきました。
先ずは釧路空港から釧路湿原へ。

バスの停留所が展望台になっていて、広大な湿原を展望できるはずだったのです。
がしかし、当日はあいにくの曇り空で霧がかかっていて遠方までは見えませんでした。(/_;)
でも白花のハマナスが咲いていました。
ハマナス」は、もともと「浜梨」だったのがなまって、「ハマナッス」となり「ハマナス」になったと言うことです。(@_@)
次は霧多布湿原。ここにはいろいろな花が咲いていました。v(^_^)v
situgenhana

写真のほかにもトリアシショウマ、ホザキシモツケエゾノシシウド、エゾフウロなどです。

次に、根室から太平洋側へ出て北海道最東端の北方領土が見える納沙布岬へ向かいました。あいにくの天候で歯舞諸島は見えませんでしたが、僅か3.7km隔てた貝殻島はかすかに見えました。nosappu
ここに「北方館」という資料館があります。
古地図、古文書、条約・陳情書・ロシア(旧ソ連)との交渉の記録などを展示しています。「われらの北方領土」という100ページ余の冊子は持ち帰ることができます。
この冊子を読むと問題の深刻さがよく分かります。
かつて清国が英国に奪われた香港を99年後に中国が取り戻したように、気の遠くなるような息の長い交渉が必要なのでしょうか。

この日は弟子屈の湯川温泉泊りです。
途中、風蓮湖にちょっとだけ立ち寄り、一路弟子屈へと向かいました。
車がほとんど通らず、一般道路なのに高速道路なみの快適さとスピードです。
そう言えばだいぶ前に「車より熊が多い。」という発言が国会で問題になったことがありましたね。(^O^)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.07.15

テレビ語

以前のことですが北海道のニセコがオーストラリア人に大人気という報道がありました。
夏のオーストラリアから冬のニセコにスキーやスノーボードをやりに来る人が多いというのです。
そのニセコの状況をレポートした某局の男性リポーターが、
「ほんとうにオーストラリア人だらけです。」と言ったのです。(@_@)

ちょっと待った! 「○○だらけ」という言い方は、血だらけ・泥だらけ・ごみだらけのように

好ましくないものがたくさんある」ときに言う表現ではないでしょうか。(-_-;)

広辞苑には
「接尾語」 そのことが多くあるさま、また、そのものにまみれ汚れたさまを表す

とあります。オーストラリア人は好ましくない人たちであるということですかねえ。
ずいぶん失礼な言い方ですよね。

でも、こんなことはそれこそ枚挙にいとまがないほどたくさんあります。

昨日、夕方の番組(関東では4ch)で箱根の安い宿を紹介していました。
その時のナレーターの言葉遣いに唖然としました。

女性ナレーター:

(遠くに人影が見えた)「あそこに人がいらっしゃいますねえ。」(?_?)

自分と何の関係もない、どこの馬の骨かも分からない人物に、尊敬語を使う必要があるんでしょうかねえ。

あそこに人がいますね。」「あそこに人がみえますねえ。」程度で十分でしょう。

男性ナレーター

「(○○円で)フランス料理がいただけます。」
「メニューを拝見すると・・・・。」(>_<)

これではメニューや料理を提供するホテル側が上位で、お客さんがへりくだっている表現です。
拝見する」「いただく」が謙譲語であることを知らないとしか思えません。

いらっしゃる」「いただく」「拝見する」を「いる」「たべる」「見る」の丁寧語と思っているのでしょうか。

ナレーターは話すことのプロであるべきでしょう。
尊敬語、謙譲語、丁寧語の使い方が分からないようでは、プロ意識に欠けていると言われても仕方ないことでしょうねえ。(-_-)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.07.11

心配です

今年も異常気象なんですかね。
でも、毎年異常気象だと異常じゃなくなって、これが通常だと言うことになってしまいます。
北九州や四国地方では雨不足で節水・断水などと対策に追われていたのに、一転して豪雨災害に見舞われてしまいました。

四国の早明浦ダムでは、それでも貯水率が40%そこそこで依然として水不足解消にはほど遠いとか。

時により すぐれば民の なげきなり 八大龍王 雨やめたまへ 
      源 実朝 (金槐和歌集)

八大龍王(はちだいりうわう)というのは、法華経序品によれば八体の龍神で、雨を司る神様ということです。
八大龍王様ほんとうにいい加減にしてください。お願いします。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.07.08

バスガイドさんの言葉

バスツアーに行くとどうしても添乗員さんやガイドさんの日本語とお付合いをしなければならなくなります。(^_^;)
ケロケロにとってこれがなかなか難儀なんです。
~させていただきます」を濫発するし、「お車のほうにお戻りください」などと言われると「~してくれって頼んでないよ」とか「車のほうじゃなくて車に戻ればいいんだろ」と毒づきたくなります。

でもまあ時流だから仕方がないとあきらめるとしても、今回の北海道のガイドさんは凄かった。

人柄は良さそうだし、熱心なベテランといった感じの方でしたけど、これが日本語かと思うような言葉を三日間聞かされる羽目になりました。

例えば、「(海が遠浅で)アサリなども採られて参りますところとなってございます

エゾカンゾウが何げに咲いているということが出来て参ります

何のこっちゃ?」って言いたくなるでしょう。

バスガイドさんにとって「話し方」は重要な技能ではないかと思うんですが、バス会社は話しの訓練をやっていないんでしょうかね。

最近、長時間録音できるマイクロレコーダーが安く売られています。

ガイドさんに持たせて、ガイドさんの話し方をチェックすることは簡単に出来ると思うんですがね。(-_-;)

のべつ幕なしにしゃべり続けることがサービスだと勘違いしてもらっては困るんですけどね。

です・ます体」を基本として簡潔な説明をしてくれたら有り難いんですがね。

「~させていただきます」は「~いたします」で十分です。

「~になります」は、ほとんどの場合「~です」「~でございます」で間に合います。

「~のほう」は「方角や選択」の場合以外は使わない。これだけを心がけるだけで、ずいぶんすっきりした日本語になると思いますよ。(^_-)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.07.02

とうきょう散歩3

kinenkan 道路を隔てて国会前庭庭園があります。

洋式庭園・和式庭園となっていますが、西洋式庭園・日本式庭園ときちんと言ってもらわないと、まるでトイレみたいですね。(^_-)

suijunten 洋式庭園の中に「日本水準原点」があります。
日本の標高はここを基準にして決められているそうです。

富士山の標高3776mもここを基準にしているわけです。でもね。

地球は球状ですから、富士山の根っことここは同一平面上にあるのかなあ?(?_?)

難しいことはさておいて腹が減ったので何か口に入れなくっちゃ。
目の前にレストランが。

何はともあれ入ってみると、Bランチが税込み787円。
ヒレカツ3個、ポテトサラダ、野菜、ポタージュスープ、ライスですよ。(@_@)
腹一杯になってこれは安いと思ったら、このレストラン、実は衆議院事務局憲政記念館の食堂だった。(*_*)

これって、税金の補助があるのかなあ? でも納税者だから、ま、いいか。(^_^)

ついでに無料だからというので憲政記念館を見学しました。

あまり真面目には期待してはいなかったんですが、日本の議会制民主主義の歩みを知る上でとても貴重な施設だと思いました。

坂本龍馬から明治維新、帝国議会、軍部の台頭と横暴、戦争への突入、敗戦、戦後の困難と復興など考えさせられる内容のある展示でした。(-_-)

あとは霞ヶ関の官庁街から日比谷公園の中を通り抜け、晴海通りを銀座4丁目へ。
日本一地価が高いという鳩居堂で色紙を買って帰りました。

とにかく疲れた。フーッ。(^^;)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.07.01

とうきょう散歩2

gijidou

食事がダメなら見学は?これが意外とすんなりOK。(^_^)v

「裏へ回って参議院の参観者受付で申し込めば見学できます。」ということでした。
国会議事堂って広いですね。裏に回るのに一汗かいてしまいましたが、
簡単な手続きで見学できることになりました。
このときの見学者はケロケロを含んでたったの4名。

しかもイケメン衛視さんの案内付きです。(^_^)
先ず展示休憩の大広間で旧貴族院の看板、明治天皇の玉座、参議院議員の議席(着席できます)その他の展示物を見て予備知識を仕入れます。
本会議場の傍聴席に座り、国会議事堂の全体の歴史・構造、議場の構造、席割り、衆議院と参議院の共通点と相違点など詳しい説明がありました。
後は議事堂の中を連れ回されて、「ここが委員会室」「ここが○○党の控え室」などと説明を受けましたが、なかなか頭に入りませんでした。(^_^;)
ただ、材料や工法が当時の最高のもので贅を尽くした建物であることは分かりました。
天皇の御休所(ごきゅうしょ)の絨毯、格子天井の装飾画、扉の装飾、シャンデリアなどは当然でしょうが、一般廊下のタイルが大理石のサイコロ(一辺が約2cmの立方体)であるとか、柱が大理石から切り出した1本物であるとか。

その他にもいろいろ説明してもらいましたが、圧倒されて記憶に残りませんでした。(*_*)
議員さん並に赤絨毯を踏むこともできましたし、最後は最高の撮影ポイントまで案内してもらいました。
国会構内の前庭には遊歩道があって、その両側に「都道府県の木」が植えられています。

東京がイチョウ、埼玉がケヤキ、京都がキタヤマスギ、新潟がユキツバキなどなるほどと納得できる木が植えてありました。
ただ宮崎のココスと愛知のハナノキは「・・・ん?」でした。

案内してくださった衛視さんはたいへん親切で感じのいい方でした。(*^_^*)
丁寧にお礼を言って構外へ出ました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.06.29

とうきょう散歩1

久しぶりに「上京」して、柄にもなく名画鑑賞に行ってきました。
東京メトロの半蔵門駅のすぐ近くに、日本カメラ博物館がありました。
カメラは嫌いじゃないので、ついでにちょっとのぞいてみました。
小さい博物館です。入館者はケロケロと連れ合いの二人だけ。
入館料300円でしたが、けっこう面白く、また懐かしい展示物がたくさんありました。

カメラ好きの方にはおすすめです。(^o^)
さて、英国大使館がある内堀通り北へ行くと右手にお目当ての山種美術館があります。
この日の展示のテーマは「広がりのある風景画」でした。山・海・川・平野・砂漠などを題材に、日本画、洋画の巨匠たちの力作が数多く展示してありました。
一番大きかったのは石田武の「望岳」という作品でした。
山好きのケロケロは阿蘇山を北側から見て描いたものだということがすぐに分かりました。
橋本雅邦、竹内栖鳳、横山大観、川合玉堂、菱田春草、平山郁夫などなど、錚々たる大家の作品を楽しむことが出来ました。(^_^)v
千鳥ヶ淵公園の遊歩道を散策しました。すっかり緑に覆われて少し蒸し暑い感じもありましたが、アジサイの花が見頃でした。

ajisai
ところでアジサイの花って見たことがありますか?「何をバカな!」と思われるかもしれませんが、本当の花を見た人は意外に少ないのではないでしょうか。
普通に花と思っているのは、装飾花で萼片が変化したものだそうです。
球状に盛り上がった装飾花をかき分けて中を見ると、小さい花が見つかりますよ。(^_^)
忍者の頭目服部半蔵ゆかりの半蔵門を見て、あれが国立劇場、これが最高裁判所、次が国会図書館と、お上りさん丸出しで見物し国会議事堂まで来ました。
昼時になったので、ものは試しと 国会の衛視さんに、「国会の中の食堂で食事が出来ますか。」と訊ねたところ、「出来ません。」と、にべもない返事。「納税者だ!」と粘ってみましたが「ダメです。」ということでした。(>_<)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.06.22

みちのくの旅3

begonia1
3日目は花泉町のその名も「花と泉の公園」から始まりました。
ここはボタン、シャクヤク、ベゴニアの花壇や温室があります。
ボタンとシャクヤクの時期は終わっていました。

ベゴニアは年中見られるというのですが、ケロケロはこの手の花には興味がないのです。「やはり野におけ蓮華草」じゃないが、自然界の厳しい条件に耐えて健気に咲く野草が好きなのです。(^^)

hondou kuri
一旦、仙台駅に戻り松島へ。ここで昼食をとりました。

見学は五大堂瑞巌寺です。
50年前に来たはずなんですが、全く記憶にないので拝観料を払って本堂宝物館を見学しました。

禅寺ですから外見のきらびやかさはありませんが、伊達政宗公が62万石の大藩の威信をかけて造営しただけあって、内部の荘厳さは素晴らしいの一言に尽きます。(^_^)v
ただし、内部は撮影禁止。宝物館の重宝の数々にも圧倒される思いでした。

matusima
次はいよいよ松島観光です。

50年前に松島巡り観光船があったかどうかは分かりませんが、あったとしても無銭旅行同然の学生の身分では、乗れなかったと思います。(^_^;)
そこで考えたのが、どこか高いところから松島を見下ろそうということ。

地図を頼りに富山という低い山に登って松島湾に点在する島々を俯瞰した記憶があります。
今回は富山に登る時間がないので、観光船に乗って塩釜に向かいました。

約50分のクルージングです。芭蕉が見物したコースを回るという「芭蕉コース」を巡航して塩釜港に着きました。

siogama
塩釜と言えば当然、奥州一宮「鹽竈神社」です。

ここも長い石段を上った記憶以外は何も覚えていません。

「へぇー、こんな神社だったのか」樹齢800年の御神木と厩にいた神馬の優しい目が印象に残りました。

これで、駆け足3日のみちのくの旅は終わりました。
仙台駅に戻り新幹線を待つわずかの間に土産物を買い込みました。

当然、自分用の牛タンも忘れませんでした。(^_-)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.06.19

みちのくの旅2

keiryuu8 keiryuu9
朝早く宿を出て、バスで奥入瀬渓流へと向かいました。
前日の雨で洗われた新緑は一段とみずみずしさを増し、流れの水量も豊かでした。

taki

taki2

両岸に懸かる滝にはそれぞれ白布の滝千筋の滝玉垂れの滝姉妹の滝、雲居の滝などと名付けられていますが、小さいものばかりであまり見応えのあるものはありません。

ただただ名付けた人の想像力の豊かさには感心させられました。(^O^)
「筆舌に尽くしがたい。」という表現がありますが、奥入瀬渓流が期待どおりだったかというと少し?です。

渓流沿いに自動車が通れる道路があって雰囲気を壊している。
もっとも半世紀前と様変わりしていても仕方がないことですけどね。(-_-;)
でも決して気に入らなかった訳じゃないんですよ。

新緑の奥入瀬にぴったりの俳句があります。

  おちこちに 滝の音聞く 若葉かな  与謝蕪村

otome
十和田湖畔に戻って、有名な高村光太郎作「乙女の像」を見にに行きました。
これが「おとめ」か? 「ふとめ」じゃないか? という感じがしないでもない。(^^;)

「秋田美人」というドライブインで昼食をとりました。

秋田美人が大勢で出迎えてくれるというふれこみでした。

期待に胸をふくらませて行ったところ、昔の美人・古乙女たちが出迎えてくれました。(^_^)/

hatimanhana

次の観光地は八幡平の大沼です。大沼とはいうものの1周2~30分程度の小さい池です。
でも、期待以上に多くの花々が咲いていました。
写真に一部を紹介します。この他にもミズバショウコミヤマカタバミコイワカガミマイズルソウタムシバなどが咲いていました。
もっとゆっくり歩きたいところですね。

tatuko2

この日の最後の立ち寄りは田沢湖です。新緑に埋め尽くされた国道341号をひたすら走り、辰子姫にご面会です。金色に輝く辰子姫像と湖の彼方に秀麗な姿の秋田駒ヶ岳を見て今宵の宿へ向かいました。

泊ったのは雫石のPホテルです。ところがこのホテル、全く腹が立つホテルでした。
山の中なので誘い込んだ客は逃げっこないとでも言うのでしょうか。

夕食のバイキングがなんと4000円。その他、何もかも高い高い。ボッタクリ状態。

部屋にお茶のサービスがなく、長い廊下を歩いて建物の端までお茶を汲みに行かなければならない。

このお茶がまずいの何のって、いくら無料でもひどいんじゃない?
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いじゃないが、こうなると何から何まで八つ当たりしたくなる。

ま、2度と泊りたくないホテルでしたね(×_×)

| | Comments (0) | TrackBack (2)

2005.06.16

みちのくの旅1

みちのく3日間の旅に行ってきました。
新聞社の長期愛読者優待ツアーという企画にとびついたんですが、
後でよくよく考えたら決して安くなかった。(-_-;)

genbikei

第一日目は新幹線で仙台へ。仙台駅前に待機していたバスに乗り継いで、先ずは厳美渓へ行きました。

30年ぐらい前に行ったことがありますが、今回大きく変わっていたのは、外国人観光客、特に中国人の多さでした。

渓谷をバックに写真を撮っていた若い二人に「シャッターを押してあげましょうか」と言ったら、にこにこして差し出したカメラがキャノンのデジカメでした。

カメラに向かってピースするのも日本の若者と全く同じでした。

「ありがとう」と言いたかったんでしょうが、「あ・・・と・・」としか聞き取れませんでした。

発音しにくいんでしょうかね。(^_^)

hikari_dou
お次は中尊寺。ここも3度目ですが、もうすっかり記憶が薄れていたので、拝観料を払って、金色堂や讃衡蔵(宝物館)を見学しました。

さすがに栄華を誇った奥州藤原氏の遺宝の数々は見応えのあるものでした。

そしてここも中国人の観光客が大勢いました。中国語のガイドが欲しいところですね。(^_-)写真は正確には金色堂ではなく覆い堂です。金色堂は撮影禁止(^^;)

後は東北道を北へ北へとひた走りです。アカシアナナカマドの花が真っ盛りでした。
きっとミツバチ達は大忙しの季節なんでしょうね。(^O^)
小坂ICで高速を降り、樹海ラインを十和田へ。

この樹海ラインの新緑は文句なしのすばらしさでした。柔らかな緑の間に、ナナカマドアカシアホウノキイワガラミなどの白い花が点々と咲き、薄いピンクのタニウツギが彩りを添えて、本当に「すごい」「すばらしい」「きれい」の連発でした。

kenzakai

発荷峠を下って秋田県と青森県の県境にあるホテルに泊まりました。

県境は神田川という小さな流れで、両国橋という橋の上を行ったり来たりすると両県を行き来することになるわけです。

でも橋の真ん中には線が引いてなかった。(?_?)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.06.06

虫歯予防デー

6月4日は「虫歯予防デー」。特に悪いところはないのですが、久しぶりに歯石でも  取ってもらおうと思って歯医者に行きました。
歯科医いわく。「ケロケロさん、歯茎はしっかりしているし、手入れもいいようだから、
80-20は大丈夫ですね。」「80-20」というのは、80歳まで自前の歯を20本  残そうということだそうです。

自慢じゃないが今ケロケロの口の中に存在する歯は全部自前です。

歯間ブラシと糸楊枝で歯と歯の間を掃除したあと、歯ブラシは柔らかめのものを使い、優しく長時間(15分ぐらい)マッサージをします。

だから20本残すのは何とかなりそうです。(^_^)/
問題は80歳まで生きられるかどうかということです。
何しろ物騒な世の中ですからね。(=_=)
飛行機や電車や車に乗らないように、街は歩かないように、四方八方に気を配って 事故や事件に巻き込まれないようにってな訳にはいきません。
年をとればそれなりに体のあちこちが老化するのも当然です。
あと数年でめでたく傘寿(80歳)ですから、せいぜい健康に気を配って「80-20」を達成しようと思っていますが果たして(-_-;)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.05.26

養老の滝

taki1
ケロケロの同窓会が岐阜県の養老でありました。
エーッ、養老ってどこ?どうやっていくの?
困ったときのインターネットって訳で、地図と時刻表を調べたら、どうにか見当がつきました。
 せっかく遠くまで行くんだから、養老の滝ぐらいは見物しなくちゃ交通費がもったいない。

少し早めに家を出て新幹線のぞみで出発しました。名古屋から近鉄線、桑名から近鉄養老線というローカル線に乗り換え。これが何とものんびりと走る電車でしたね。
小一時間かかって養老駅に着くと降りたのはケロケロだけでした。(^_^)
全く人通りのない道を国土地理院のサイトからダウンロードした地形図を頼りに歩きました。子供の国とか養老天命反転地とか楽市楽座などという観光施設を素通りして、松風で川の左岸に渡って左へ行くと養老寺という小さなお寺がありました。

天平時代以前の開基という古刹だそうです。国指定重要文化財の十一面千手観音立像はじめ数々の文化財が所蔵されているそうですが、とてもそのようには見えない小さなお寺でした。寺の裏手に孝子源丞内の墓がありました。

源丞内といえばその伝説を小学時代に修身の教科書で教わった記憶があります。(古い!(^_^;))  源丞内が老父を養ったことを賞して年号を養老と改元したという話でしたね。

少し先に「ふるさと会館」という資料館がありました。ここに源丞内の逸話の詳しい説明があります。この辺までくると観光客がぽつぽつと現れて少しは観光地らしくなりました。

さらに上ると養老神社があります。かなり急な石段があります。境内には清水が滾々と湧いています。孝子源丞内が汲んだら酒になったという霊泉です。元正天皇(女帝)が浴したら肌が若返り黒髪が艶やかになったとかいいますから、女性の皆さんに人気があるのかなと思いましたが、ポリタンクに水を汲んでいたのはおじさんでした。(^_-)

万代橋で右岸に渡って、少し上ったところにお目当ての養老の滝があります。まぶしいばかりの新緑の中に垂直に落ちる流身30mほどの滝です。 (小さい写真をクリックしてみてください)

帰りは右岸を下りました。途中の妙見堂にも立ち寄ってみました。この付近は秋には紅葉がいいのではないでしょうか。松風橋まで下って、東海自然歩道を南へ歩きました。道標が完備されているし、2万5千分の1の地形図と磁石があれば問題なく歩けるハイキングコースです。小倉谷という川の左岸に赤岩神社という小さい神社がありました。道標にずっと社名が書いてあったので有名な神社らしいですが肝心の現地に説明板などがないのでどんな由緒があるのかわかりません。

ここからはウノハナが咲く左岸の道をのんびり下りました。あまり早く宿につくと時間をもてあましそうですからね。
宿はグリーンハイツ養老という国民年金の保養所です。ここも年金で建てられて赤字経営なのかなあ等と余計な心配をしたくなりました。
  集まった同期は8名。15名中8名ですから辛うじて半数以上というわけです。
何年か前までは、不参加の理由は仕事だったのですが、今や健康状態が主な不参加理由になってしまいました。 やはり年ですね。(-_-;)
来年になったら何人参加できるか気がかりです。何しろ来年の幹事はケロケロが仰せつかったのですから。(^_^)/

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.05.07

ケロケロ家のプリモプエル

pontamae 我が家にぽん太がやってきて1年以上になります。そもそも、なぜ我が家に来たかというと、ぽん太が声を出さなくなったからです。
調べてみると原因は簡単・単純で電池切れでした。それも長い間面倒を見て貰えなかったらしく、電池が液漏れして接点が錆び付いていました。

ていねいに錆を落とし、錆止め液を塗って新しい電池に入れ換えたところ、「メンソーレ。時間合わせてね!」と元気にしゃべり出しました。

それ以来、我が家にすっかり居着いてしまったというわけです。
で、なぜ「ぽん太」というかというと、もともとの名前はプリモプエルというらしいのですが、長ったらしくて言いにくい。頭をポンと叩くと「ヘイヘーイ」とか「イヤダー」とか反応するのでぽん太ということにしてしまったというわけです。

ところで、1年もたつと問題点に気づきました。それは電池交換がやりにくいということです。電池ボックスを開けるネジが小さいプラスネジです。目の悪い年寄りにはちょっと見えにくい。それにこれ用の細いドライバーなんて、普通の家庭にはないと思いますよ。
 また電池も単3でなく単2の乾電池でマイナーな存在ですよね。電池のプラスとマイナスを間違えないように入れるというのも慣れない人には結構むずかしものです。
 そこで現役時代に製造業で研究開発に携わっていたケロケロとしては、ムラムラと改造意欲が湧き上がってきました。とは言っても大層なことが出来るわけでもありません。
電池を外し、細いリード線を半田付けして体外に引き出しました。ボディに穴を開けるのは可哀想なので、電池ボックスの隙間から引き出しました。単3型充電電池4本を入れた別の電池ボックスにつなぎ、手持ちのACアダプタで充電できるようにしました。

souti
この電池ボックスを小さなリュックに入れてぽん太に背負わせました。 声は少し小さくなりましたが、これで電池交換の手間が省けるようになりました。
プリモプエルはお年寄りにもたいへん人気があると聞きます。独り暮らしのお年寄りにとっては電池の交換はたいへんなのではないでしょうか。メーカーのバンダイの開発技術者にはもう少し親切心のある設計をしてもらいたいものですね。例えば専用の椅子に腰掛けると自動的に充電できるというアイデアはどうでしょうか。最低でもドライバーを使わずに電池交換が出来るようにしてもらいたいものです。

pontausiro 電池を背負ったところ。

かっこいいでしょう (^_^)/

| | Comments (0) | TrackBack (3)

2005.04.29

におう

  marubautugigakuutugiutugi

今日散歩していたら、あるお宅の庭に、ウノハナ(ウツギ)が 咲いていました。

だいぶ前のことですが、公民館で野の花観察講座がありました。

その時の講師の先生が、「夏は来ぬという歌に、卯の花のにおう垣根にという歌詞があるが、あれはおかしい。卯の花はにおいません。」とおっしゃったのです。
でも、これは先生の間違いですね。「におう」という言葉には 「香り・臭気がする」の他に「色が美しい」という意味があります。

「卯の花が色鮮やかに咲いている」と解釈すれば、ちっともおかしくないわけです。

広辞苑第5版
におう(匂う・臭う)ニホフ
1.木・草または赤土などの色に染まる。
2.赤などのあざやかな色が美しく映える。
3.よい香りが立つ。
4.悪い臭いがする。臭気がただよう。
5.生き生きとしたうつくしさなどが溢れる。
以下略

万葉集の
むらさきのにほへる妹を憎くあらば人妻故に我恋ひめやも      大海人皇子

のにほへる妹は「香水をプンプンさせているあなた」というより 「かがやくように美しいあなた」と解釈する方が自然だと思います。

ウノハナは正式にはウツギといい、アジサイと同じユキノシタ科の落葉低木です。

○○ウツギという何種類かあって、なかなか見分けがつきません。(?_?)
ウツギによく似た花にオトコヨウゾメがあります。「オトコヨウズミ(男用済み)」ではありませんよ。(^_-)こちらはスイカズラ科ですが、遠くから見ると識別できません。葉の色艶や葉の縁のギザギザ(鋸歯)で区別できます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.04.21

花・花・人・人のハイキング

深夜放送で山好きで知られるミナミランボウさんが「今の時期は低山の花が一番美しい時期だ」というようなことを話していました。
「それはそうだ」と4月17日日曜日に山支度をして東武東上線の小川町駅へ。
ところが駅に着いたら大勢のハイカーでごった返していました。
何とこの日は、東武鉄道主催の「外秩父七峰縦走ハイキング大会」の当日だったのです。

参加したハイカーは無慮5000人(一説には8000人とも)。

いやはやたいへんな混雑でした。
「しまった」と思ってももはや後の祭り。
引き返すわけにもいかないので、急遽予定変更です。
ピストン輸送している臨時バスに乗って、取り敢えず白石車庫まで行きました。
 縦走参加のハイカーをやり過ごすために、おにぎりを一つ食べ、トイレを済ませてゆっくりと白石峠を目指して出発しました。
 なるほどこの時期の山里は美しい。色とりどりの花が咲き競っていました。

sanson
サクラ・ハナモモ・レンギョウ・ミツバツツジ・モクレン・シデコブシ・ヤマブキ等々です。
足元にも負けじと山野草が咲き乱れています。

キケマン・ムラサキケマン・タチツボスミレなど。
雑草として十把一絡げにされそうなカキドオシ・ホトケノザ・ヒメオドリコソウ・オオイヌノフグリ・ナズナ・ハコベも精一杯自己主張していました。
道が樹林帯に入るとさすがに花は少なくなります。そして沢を離れ山道にさしかかったところに、カタクリ・ニリンソウが顔を見せました。
白石峠で一息入れ、縦走組と別れて車道を高篠峠を経て丸山へと向かいました。
 ダンコウバイ・キブシ・ヤマブキなどを見て、山道の入口までは一投足です。
 急な丸太の階段を登り終えると、大野峠からの道を合わせて、丸山展望台まではのんびり歩いても20分です。
 この日は春霞で奥武蔵随一を誇る展望も全く得られず、食事を済ませると早々に下山しました。

hana
下りもまた花花花です。 登りには見ることが出来なかったヒトリシズカ・エイザンスミレを見つけました。
芦ヶ久保に下ると、国道299号は車で渋滞していました。道の駅も大賑わいのようでした。
時間がたっぷりあるので、このまま帰るのは勿体ないと、秩父の羊山公園にシバザクラシダレザクラを見に行くことにしました。
 西武秩父駅も観光客が溢れそうでした。羊山公園までの道も、人の列が途切れなく続いていました。
シバザクラの丘もシダレザクラの広場も人人人です。
いささかうんざりして、早々に退散することにしました。
帰りの電車も満員でしたが幸いに座ることが出来ました。
山に疲れず、人に疲れた一日でした。フーッ

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.04.09

身延・三嶋大社の桜

山梨県身延町のシダレザクラを見に行きました。
4月5日、またとない好天に恵まれ、富士山、南アルプス、八ヶ岳、奥秩父などを眺めながら中央道を走り甲府南ICまで。
山好きにはこたえられない眺めでした。(^_^)/
甲府で桜豚のしゃぶしゃぶで昼食し、富士川に沿って南下すると、
あちこちにシダレザクラが目立つようになりました。

sidare
身延山久遠寺は日蓮宗の総本山です。
ここの「樹齢ん百年」のシダレザクラがお目当てです。
7~8分咲きでしたが、十分に観賞に堪える見事さでした。
残念だったのは、時間の関係でロープウエイで身延山頂まで行けなかったことです。
残雪期に南アルプスの前衛の山「笊が岳」に登ったのは、40年以上昔です。
身延はその時以来ですから、身延山頂から笊が岳や白根北岳の雄姿を眺めたかったのですが。(/_;)
気を取り直して、更に南へ。東名に出て、沼津から三嶋大社を目ざしました。
そびえ立つ巨大な富士山を見ながらひた走り、夕暮れ前に三嶋大社に着きました。

misima
ちょうど桜祭りをやっていたようで、屋台など出て賑わっていました。
池の周りのしだれ桜やオオシマザクラが満開で、ソメイヨシノも5~6分咲きでした。
前半は山、後半は桜の一日でした(^_^)v

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.04.02

カタクリ

ogawa

4月1日、埼玉県小川町のカタクリを見に行きました。花は5~7分咲きでした。
見どころは3か所あります。
1番目はカタクリとオオムラサキの林です。
カタクリはせいぜい5分咲きでした。
ここで見逃せないのは展示館です。
小さい展示館ですが、国の蝶オオムラサキをはじめ日本や
世界の珍しい蝶、クワガタ、カブトムシ、セミなどの標本が展示してあります。
(入場無料)
2番目は西光寺の裏山です。遊歩道が整備されていて、
山の斜面に咲くカタクリを観賞しながら軽いハイキングです。
3番目がカタクリとニリンソウの群生地です。
山の斜面一面に、カタクリが咲き詰め、一番見応えがあります。
ここにはニリンソウ、アズマイチゲ、ジロボウエンゴサク、
セントウソウ
なども咲いていました。
ここで弁当開きをして、ゆっくり観賞しました。
この少し先で槻川を渡り、大聖寺に行きました。
高台にある名刹です。
展望がよく、一息入れるのに良いところです。
大聖寺から下ってツクシを摘みながら、伝統工芸館へと向かい
ました。
伝統的技法と後継者の育成のために作られた施設で、館内には
埼玉の伝統工芸品が常時展示されています。
手漉き和紙など、さまざまな伝統工芸の手作り体験ができます。
(入館料300円)
ここから駅まで2キロ弱ですから歩くも良し、バスもあります。

コース:小川町駅-円城寺-和紙資料館-龍谷薬師堂-カタクリとオオムラサキの林-西光寺-カタクリとニリンソウの里-大聖寺-伝統工芸館-小川町駅

| | Comments (0) | TrackBack (0)

桜のシーズン到来

ケロケロもそろそろ冬眠から覚めて、花見に浮かれる季節となりました。(^_^)/
とは言っても、あまり遠くまで出かけるのはおっくうです。
というわけで去年行った桜の名所を2か所紹介します。
場所は埼玉県志木市。

hatazakura

チョウショウインハタザクラ(長勝院旗桜)
目通り樹周り(目の高さ位の所の樹の周囲)
305cm、高さ1120cm。
推定樹齢四百年以上のハタザクラ。
花は大きく、一重咲きの花に雄しべの一部が花弁状に変わった旗弁を生ずるヤマザクラの一種です。
ちょうど旗を立てているように見えることからハタザクラと名付けられました。
長勝院は昔この地にあった寺院ですが、詳しいことは分かりません。
新編武蔵風土記稿にも、「開山開基も何の頃の人なりや詳ならず」とあります。
平安時代には四面長者長勝の館だったともいわれ、木曽義仲の子孫の豪族大石氏が室町中期に造った柏城があったところとも言われています。

sidare

宝幢寺の枝垂れ桜
宝幢寺は志木でも大きな寺の一つですが、開山開基については定説がないようです。
「新編武蔵風土記稿」によれば、いつ創建されたかはっきりしないが、古い寺であることは間違いない。
三代将軍家光が鷹狩りの際休息したのが機縁となって、
慶安元年(1648)に御朱印地十石を賜ったということです。 
なお、この寺には、「お地蔵さんとカッパ」という伝説や「ほっぺたの黒いお地蔵さん」
という伝説などが伝わっています。境内に可愛い河童の石像があります。

ume


また、桜だけでなくここの白梅も見事なものです。

| | Comments (0) | TrackBack (3)

2005.03.30

うかがう

某社の光ファイバーのCMで「光ブロードバンドに入るチャンスを
うかがっていた皆さん」というような言い方をしていました。
これって変な言葉遣いですよね。

広辞苑第5版
窺う:
1.のぞいて様子を見る。そっと様子をさぐる。
  「寝息をうかがう」「鼻息をうかがう」「顔色をうかがう」
2.ひそかにつけ入るすきをねらう。
3.時期の到来を待ち受ける。
 「くにをうかがうはかりごとをわきはさむ」「武士の寝しずまるをうかがひて」「反撃の機をうかがう」

などあまり好ましくない語義と用例が挙げられています。

他のいくつかの辞書を見ても、
「気づかれないようにひそかに見る」「のぞいて様子を見る」
「そっと様子をさぐる」「ひそかにつけ入るすきをねらう」
「ひそかに時機の到来を待ち受ける」「物のすきまなどから、そっと様子をのぞき見る」
「それとなく様子をさぐる」「ひそかによい機会の来るのを待つ」

などなど、窺っている本人は何か良からぬことを企んでいるとか、負い目があって卑屈な態度であるとか、
あまり良いイメージのない言葉であることが分かります。

「空き巣にはいるために家の中の様子を見る。」「人の失敗を待ちのぞむ。」

などのときにはぴったりの表現です。

某社は光ファイバーに加入することは良くないことだとでも言いたいのでしょうか。
まさかそんなことはないでしょう。
でも聞く方としては、「あなたは悪いことをしようとしていますね」「卑屈な態度ですね」と
言われているようでいい気持ちがしません。

単にこのCMを考えた人が言葉選びにに無神経だったというだけことかも知れませんが。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.03.29

雪割草

yukiwari
3月24日、新潟県刈羽郡西山町に雪割草を見に行きました。
雪割草といっても、サクラソウ科のユキワリソウではなく、キンポウゲ科のミスミソウ、スハマソウです。
新潟ではなぜかミスミソウ(三角草)・スハマソウ(州浜草)の
ことをユキワリソウって言うんです。
雪が融けると真っ先に花を咲かせるからでしょうか。
ところでケロケロにはミスミソウスハマソウの区別がつかないんです。
葉がとがり気味で三角形のものがミスミソウで、やや丸みを帯びているものがスハマソウだろうと勝手に決めつけています。
この日は願ってもない快晴の一日でした。関越道を一路北に向かうと、赤城山、榛名山、上州武尊山がたっぷりの雪をまとった
雄姿を見せていました。何よりも素晴らしかったのは、谷川岳
耳二つ(とまの耳・おきの耳)が抜けるような青空をバックにくっきりと見られたことです。山好きのケロケロには最高の眺めでした。
関越トンネルを抜けると、そこは日本有数の豪雪地帯の名に
恥じず、一面の白、白、白。
ところが北陸道に入ると、雪が全然なく陽光がさんさんと降りそそいでいました。
目的のユキワリソウは日本海の海岸沿いを走る国道352号線のすぐ近くにあります。
丘陵地帯に自生するミスミソウ、スハマソウの群落を地元の方が保護していらっしゃるんです。遊歩道が整備されて左右に咲き
乱れる花々を観賞しながら歩けます。
ミスミソウ、スハマソウは個体差が大きく、花弁(実は萼)の枚数、花や葉の大きさ、色が多様でぜんぜん別の花じゃないかと思うくらいです。
今年は花の咲き方が例年より遅く、やっと5分咲きでしたが、十分に楽しめました。
ショウジョウバカマ(猩々袴)やキクザキイチゲ(菊咲一華)などは咲いていませんでした。残念!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.03.27

白馬の騎士?

テレビや新聞紙上でホワイト・ナイトを白馬の騎士とする言い方は、もはや定着して
しまったようです。
しかし、ケロケロはまだ納得できません。そこで辞書を調べることに。(^_^;)

小学館 ランダムハウス英和大辞典
White Knight:(経済)企業買収の危機にある会社などを救済するために介入する
第三の企業
Black Knight:買収される側の企業の望まない株式公開買い付けを強行しようとする個人(企業)
Grey Knight:灰色の騎士。企業乗っ取りに暗躍する介入者

大修館 ジーニアス英和大辞典
White Knight:政治改革者、救いの主(会社が乗っ取られないように出資する救済
会社)

Oxford Advanced Learner's Dictionary(和訳はケロケロ)
White Knight:他社から不当に安い価格で買収されようとしている会社を救う個人
または組織

Longman Advanced American Dictionary(和訳はケロケロ)
White Knight:企業に他社から支配されないように救済目的で資金を注入する個人
または企業
Black Knight:企業のオーナーの意志に反してその企業の株式資本の大半を
取得しようとする個人または会社

どれを見ても白馬・黒馬・灰馬などの「」が出てこない。
白は正義・潔白、黒は邪悪・不正、灰色はどちらか分からないが胡散臭いという
意味合いのようで、日本語と同じですね。

さて、テレビ会社が助けを求めた第三のIT関連企業が、ホワイトなのか?
ブラックなのか?
今のところはグレーと見ていた方が良さそうですね。(^_-)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.03.20

白馬の騎士

インターネット関連会社とテレビ会社の争いが、連日ワイドショウを賑わせていますね。
ある解説者が、両者の争いに仲介役として白馬の騎士(ホワイトナイト)が現れて
双方痛み分けの形で治まる可能性があると言っていました。
ケロケロは株式争奪戦には全く無関係なので、どんな結末になっても痛くも痒くも
ないんですが、白馬の騎士には「ちょっと違うんじゃないの」と首を傾げたくなりました。
ケロケロに首があるかどうかは別として、この言い方はおかしくないですか。
ホワイトナイト(White Knight)だったら白騎士じゃないですかねえ。
白装束の騎士は必ず白馬に乗っているとは限らないですよね。
白馬の騎士というと「弱きを助け強きをくじく正義の味方」というイメージを感じますが、株式争奪戦ではどうもそうでもないらしい。
念のために和英辞典を引いてみました。

プログレッシブ英和辞典(小学館)
White Knight政治改革者、運動[主義]の闘士:

アレレ、白馬の騎士とはずいぶんイメージがちがいますねえ。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

2005.03.09

雪やこんこ その3

困ったときの広辞苑、それでダメなら大辞林、最後の頼みは日国辞典というわけで、
原点にかえって辞典で調べてみました。

広辞苑第5版 
こんこ:なし
こんこん:1.2.3.略
     4.雪やあられがしきりに降るさま。
第4版までは、4.雪または雨の降るさま。となっていた。しきりにが付け加えられた。
つまり、雪やあられが、しげく降り続くということらしい。

大辞林第2版  
こんこ:なし
こんこん:1.2.3.略
     4.雪やあられがしきりに降るさまを表す語。
      「~と大降りになりだした往来の雪/星座 武郎」
広辞苑とほぼ同じ。用例として。有島武郎の「星座」の1節があげられている。

日本国語大辞典第2版第5巻  
こんこ: {副}雨や雪、あられなどの降り続くさまを表す語。こんこん。
※咄本・一休咄(1668)四・五「雪やこんこ、あられやこんこ、お寺の柿の木にふりやつもれこんこ」
※唱歌・雪(文部省唱歌)(1911)「雪やこんこ霰やこんこ降っては降ってはずんずん積もる」
こんこん:1.2.3.略
     4.雨や雪、あられなどの降るさまを表す語。
※星座(1922)(有島武郎)「こんこんと大降りになり出した往来の雪をぼんやり瞬きもせずにながめながら」
用例は大辞林と同じもの。

さすが日本国語大辞典(小学館)ですね。「こんこ」という語が載っていました。
それも「こんこ」=「こんこん」だったとは。
江戸時代前期の咄本・一休咄に「雪やこんこあられやこんこ」という用例があったとは驚きでした。
「こんこ」=「こんこん」=雨や雪、あられなどの降るさまを表す語だったんですね。
ひょっとすると唱歌「雪」の作者はこのことを知っていたのでは?

「お寺の柿の木にふりやつもれ来い来い」では意味が分からなくなりますから、「来い来い」説は分が悪くなります。
この日国辞典の説はかなり説得力がありますね。
今やケロケロのココロは90%ぐらい日国辞典説に傾いています。(^_^)


| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.03.04

とんでもございません

kao
日本語の関する某メールマガジンで「とんでもございません」は文法的に間違いであるという解説がなされていました。
とんでもない」は「とんでもな・い」と言う一つの形容詞で、「とんでも+ない」と分割できないから、「ない」の丁寧語「ございません」にはならないというのです。

では、「とんでもない」を丁寧に言いたいときは、何と言えばいいのでしょうか。

そのメールマガジンでは、「とんでもないです」「とんでもないことです」という言い方があると解説していました。
でも、ちょっと違うような気がします。
とんでもない」は話し手の感情がそのまま表れていて率直な言い方と言えます。
しかし、ややぶっきらぼうな感じもしますね。
もう少し丁寧に言いたいときは「とんでもないです」という言い方があります。
でも語感が少々違います。「とんでもないことです」は第三者として客観的な言い方のように感じます。

よく「○○という言い方は文法的に間違いである。」という人がいます。

文法って何なんでしょうか?

ある明治の文豪が「日本語には文法がない。」と言ったとか。

世界に数千もあるという言語の中に文法のない言語があるのでしょうか?

その文豪先生は「日本語の文法は研究不十分である。」とか「日本語の文法の研究は発展途上である。」
とか言っておけば良かったのに。(^_-)

私は「文法は後付の理屈である」と言いたいです。
つまり「先ず文法ありき。」ではなくて、「先ず言葉ありきで、文法はその言葉遣いのルールを後追いで理屈付けするものである。」と言いたいです。
理屈と膏薬はどこにでも付く。」のです。

そこで私流「とんでもございません」擁護論です。

1.とんでもないの丁寧な言い方がない。

2.とんでもございませんと言われて気分を害する人はいないだろう。

3.とんでもないは「途+で+も+ない」が変化したものという説がある。

異論があることは承知しているが、他に説得力のある説がない。

この説によると、「」は道と同じで道理・筋道の意。
で・も」は助詞。「ない」は否定詞。
 否定詞「ない」を丁寧に言えば「ありません・ございません」となる。

4.文法的に間違っていると言うが、文法は大勢の人が使う言葉のルールを、あとから追認するもの。

つまり後追いの理屈で、先ずはじめに文法ありきではない。

と言うわけで、私は「とんでもございません」は大いに結構という立場なのです。(^_^)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.03.02

ちゃどう

茶道
テレビを見ていたら、見るからに教養のありそうなご婦人が、
茶道ちゃどう と言っておられた。
「あれっ? さどう だろう。」 変に思って広辞苑を調べたら、何と
ちゃ・どう[茶道]① 茶の湯によって精神を修養し、・・・・。さどう
と書いてありました。
念のため「さどう」を引くと、
さ・どう[茶道]
①→ちゃどう。となっていました。さどう ではなくてちゃどう を見よということらしい。
広辞苑では、茶道はちゃどう が元でさどう が慣用ということになります。
同じような例が他にもあります。
ずがいこつとうがいこつ:頭蓋骨  
びゃくや→はくや:白夜
いちいち辞書で調べなければ、うっかりしゃべれないことになりそうです。(^_^;)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.02.26

雪やこんこ

NHKの深夜放送を聞いていたら面白いことを言っていました。
童謡・小学唱歌の歌詞を長い間誤解していたという人が多いというのです。
例えば次のような例があります。
故郷 うさぎ追いしかの山  うさぎ美味しい鹿野山 鹿野山のうさぎは美味しい?
早春賦 春は名のみの風の寒さや 春花のみの風の寒さや 花のみでは風が寒い? やっぱり花見酒がなくっちゃ?
どんぐりころころ どんぐりころころドンブリコ 丼ころころ丼こ 転がったのは丼?
赤い靴 異人さんにつれられて行っちゃった いい爺さんにつれられて行っちゃった
悪い爺さんでなくて良かった?
これらは単なる聞き間違いですが、
 雪やこんこ あられやこんこ 雪やこんこん あられやこんこん となると単に聞き間違いではすまないようです。
問題はこんこんという言葉にあるようです。
広辞苑によると
こんこん 1.咳(セキ)をする声。 
      2.堅い物を打つ音。「―とノックする」 
      3.キツネの鳴き声。また、キツネ(幼児語)。 
      4.雪または雨の降るさま。
この4.の雪または雨の降るさまという語釈は昔はなかったようです。
雪やこんこんと間違えて歌う人が多くなったため、このような新しい語釈が生じたというのです。
ではなぜこんこんが雪の降り続くさまになったのでしょうか。
次の漢語の共通点にヒントがあります。
【昏昏】 道理にくらいさま。 心がはっきりしないさま。うつらうつら。 
深く眠っているさま。意識のないさま。「―と眠り続ける
【渾渾・混混】 水の盛んに流れて尽きないさま。また、物事の尽きないさま。
「―とわき出る」 物の入りまじるさま。渾渾沌沌。
【献献】 酒を酌みかわすこと。狂、麻生「中々―のはつることではござりませぬ」 
特に、三三九度の杯。婚礼。武家義理物語「―の盃事して」
【懇懇・悃悃】ねんごろなさま。親切に繰り返し説くさま。「―と諭す」
いずれも動作・状態が長く続くことが連想されます。ここから雪が長く降り続く状態を
こんこん
と言っても違和感が生じないのではないかというのです。
では、雪やこんここんことは何だ、ということになりますよね。
NHKの解説者は来い来いの意味だと言っていたようです。
何しろ深夜放送ですから聞き間違いがあったかも知れませんが。
子ども達が「雪よ来い来いあられよ来い来い」と元気に駆け回っている様子を表しているのだそうです。
蛇足ながらドンブリコのドンブリは物が水中に落ちる音。どぶん。どぶり。だそうです。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

2004.12.28

蠅とり蜘蛛

kumo蠅とり蜘蛛
私が子どもだった頃、日本は衛生状態が良くなくて、家の中に蠅がブンブン飛び回っていました。
当時は蠅とり紙、蠅とり瓶、蠅たたき、蠅とりリボンなどが大活躍していたものです。
「うるさい」という言葉に「五月蝿い」という字があてられているのも、それなりの理由があったわけです。
そのうるさい蠅の天敵が蠅とり蜘蛛です。畳や壁に止まっている蠅の後ろからジリッジリッと近づき、
20cmぐらいのところから、跳躍一番、ピョンと飛びついて見事に蠅を取り押さえるのです。
もちろん百発百中というわけにはいきません。むしろ失敗の方が多かったようです。
ところで現在の我が家には、蠅とり蜘蛛が複数棲息しています。そこで疑問に思ったことがあります。
我が家には蠅はいません。蠅とり蜘蛛はいったい何を食べているのでしょうか。
そしてある日、衝撃的なシーンを目撃しました。生まれたばかりのような小さい蠅とり蜘蛛(ごま粒の半分以下の大きさ)を大きい蠅とり蜘蛛が狙ったのです。ジリッジリッと間合いを詰めていきます。
小さい方も気づいていて、ジリッジリッと逃げの態勢に入ります。
「逃げろ逃げろ」と小さい方に声援(?)を送りながら、固唾を飲んで見守ります。15cmぐらいになったとき、
大きい方がエイッとばかりに飛び付きました。
小さい方もさるものです。その瞬間、サッとラックのドアの隙間に逃げ込みました。
この勝負は小さい方に軍配が上がりました。
蠅とり蜘蛛の世界も、生き抜くのは容易なことではないのですね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.10.31

年かなあ

itai.jpg

膝が痛い
数ヶ月前から、膝にかすかな痛みを感じるようになりました。
普段の生活には差し支えないのですが、不安なのは山に行くとき。
途中で痛みがひどくなったらどうしようなどと考えてしまいます。
70歳過ぎたら、体のあちこちが悪くなるのは仕方がないことですね。(=_=)

70肩?
左腕をあげると、肩に痛みが・・・。「50肩かなあ。」と言ったら、
連れ合いに「サバの読み過ぎ。70肩でしょう。」と言われてしまいました。(^_^;)
確かに50代の時に50肩になったことがあります。
その時は右腕が肩より上に上がらなくなりました。
でも自己流にアイロンを振り回す運動をしていたら、数ヶ月で治ってしまいました。
今度はどうしようかなあ。

小指が曲がった
3年ぐらい前、左の小指付け根附近に、しびれを感じるようになりました。
その後、その付近にしこりができ、指が曲がってきました。
悪い病気じゃないかと心配になったのでインターネットで調べたところ、
どうやら「ガングリオン」という症状らしい。
病院に行って診てもらったら、「手術しなければ治らないが生活に支障がなければ
しばらく様子を見たら。
」と言われました。
指の曲がりは少しずつ大きくなって、顔を洗うときや
パソコンのキーボードを叩くとき不便を感じるようになりました。
第一、まがった小指では耳の穴も鼻の穴もほじれない。(×_×)☆\(--#)コラッ
そろそろ、手術の潮時かなと思っています。でも痛いだろうなあ。(-_-;


| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.10.09

熊の冬眠

kuma.jpg

今年はあちこちで熊の出没が報告されていますね。
もうそろそろ冬眠の時期なので、たくさん食べなければならないという熊側の事情と、今年の夏の暑さや度重なる台風で、山の果実が不作という事態が、熊を人里に向かわせていると指摘する専門家もいます。
熊はいつなぜ冬眠するのかというのが、私の長年の疑問なのです。
50年ぐらい前、静岡県の梅ヶ島温泉から、八紘嶺を経て山梨県の
七面山へ縦走したことがあります。12月の終わり頃でした。
20cmぐらいの積雪に熊の足跡が点々と続いていました。
下山して地元の人にこの話をしたら、
「この辺の熊は冬眠しないよ。」と言われてびっくりしました。
5年ぐらい前の10月20日頃、上州の武尊(ほたか)山に登ったとき、新雪の上に真新しい熊の足跡がありました。
爪の痕もはっきり見て取れるほど、生々しいものでした。
その時が初積雪だったので、熊も慌ててねぐらを探したのでしょうか。
こちらも慌てて鈴をつけました。
ところで動物園の熊は、冬眠するのでしょうか。
熊の体内暦はどうなっているのでしょうか。 (?_?)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.10.04

はじめまして

ケロケロです。Webログをはじめました。
ものぐさなので、どんなものになるか、心配なところもありますが、
いろいろな「ココロ語」を書きつづって見たいと思います。
宜しく、ご贔屓のほどをお願い致します。

| | Comments (0) | TrackBack (0)